高座が出来るということがこんなに大切なものだった

――初の緊急事態宣言が解除された5月6日以降は徐々に高座なども開催できるようになりました。

 6月に緊急事態宣言が明けて初めての高座があったのですが、その時はお客様の拍手を聞いて思わずうるっと来ましたね。反応が直に帰ってくるというのもありがたいものだな、としみじみ思いました。

 少し明るい兆しが見えてきたのは7月、8月ぐらいになってからですかね。私たちはもちろん、興行師の方、主催の方、箱、それぞれが感染症対策を勉強して、いろいろ試行錯誤をして。ようやく少しずつ落語会が行われるようになってきました。でも、またこうして緊急事態宣言が発令されたり、揺り戻しもあります。まさに3歩進んで2歩下がる、というような感じですね。

――落語が出来る、高座が出来るというのはやはりうれしいものでしたか?

 本当にそうでしたね。コロナ禍以前も決して軽く考えていたわけではないのですが、当たり前のものと思っていた高座がこんなに大切なものだったんだと噛みしめています。そう考えるとある意味プラスだったのかもと捉えるようにしています。

 何より落語に対する思い、一席に対する思いが強くなりました。このご時世に落語を聴きに来る、というのは以前よりもハードルが高いというか、聴きたいという強い思いがあると思うんですね。そんなお客様には本当にいいものをお届けしたいし、少しでも温かい気持ちをお届けしたい。ありがとうございます、という気持ちが強くなりました。今再び緊急事態宣言が発令されている状態が訪れていますし、いつまたコロナでなくても高座がやることが簡単でなくなる時が来るかもしれない。一期一会の心持ちで高座に臨むようになりましたね。

コロナ禍で向き合った噺で受賞

――コロナ禍になって新しく取り組んだ噺やコロナ禍だからこそ魅力を再認識した噺などはありますか?

 ちょうどコロナ禍に入る直前に師匠(林家正蔵氏)から習った噺で「しじみ売り」という噺ですね。もともとこの噺は上方の噺なんですが、それを江戸調に直して、師匠がよく演っている噺なんです。師匠から習いたくて、お願いをしていたところ、その頃ちょうどタイミングが合って、お稽古をつけていただいたんです。

 3月下旬に池袋の2人会があったので、初めてはそこでかけようって思っていて。でもその頃にはコロナの影響もあって、その1回をかけたきりなかなか演る機会がなかったんです。本当は覚えたての噺って高座で沢山かけたいんですが、ぽっかりと空いてしまったんですね。

 残念だけど仕方ないなと思いながら、自粛期間中に「しじみ売り」の噺を反芻していると、なんだかこの噺ってコロナ禍の状態の私たちにそっくりなんじゃないかって思いまして。主人公のしじみ売りの男の子はつらい境遇なんです。でもこの辛い状況というのもずっと続くわけではなくて。冬から春にかけての噺で、最後には春が訪れるようにその男の子にもいいことが訪れる兆しが見えるんですが、今のコロナ禍の状況もそうなんじゃないかって思うんです。悪いこともずっと続くわけではなくて、いつかこの噺と同じように春のような温かい未来が来るはずだと。

 その思いから、冬から春にかけてのこの季節に頻繁にかけるようにしていました。そんな中、この間二ツ目の落語家の大会があったんですね。「さがみはら若手落語家選手権」という大会で、3月14日だったのですが、この大事な高座で「しじみ売り」をかけたい、と思ったんです。

 師匠から直接習った噺という思い入れもあったし、コロナ禍の状況でより好きになった噺でもあったので、多くの応援していただいた方に少しでも恩返しが出来たらという思いで、かけさせていただきました。その結果優勝という結果をいただきまして。それは感慨深かったですね。

落語の魅力は変わらない、そう信じています

――先日、4月26日には3回目となる緊急事態宣言が発令されました。寄席の開催にも自粛が要請され、まだまだこれからもこういう状況は続いていくと思います。

 お客様に実際に来ていただいて、その場で聞いていただける。その状況がどんなにありがたいことで、貴重なことか。コロナ禍になって改めてそう感じました。一つひとつの高座をとにかく大切にしていきたい。それはコロナ禍で気づいた良かったことかもしれません。

 それに「しじみ売り」もそうですけど、きっと今の人の日常にも落語の噺は重なるところがあると思うんですね。昔の人の噺なんだけど、当時の人の日常を切り取った噺が多いから、そういう心情の部分は時を経ても不変的なんだと思います。今の人の日常にも寄り添うことができる、そんな落語の魅力って変わらないものだと思うんですよね。

 だから、大変な状況はまだまだ続いていくとは思いますが、私は落語家として笑顔でい続けたいし、皆さんに笑顔を届けていきたい。きっとそれは多くの人にも必要なものだと思いますし、そう信じていられる限り、全力で落語に取り組んでいきたいです。

林家つる子(はやしや・つるこ)

群馬県高崎市出身。中央大学在学中、落語研究会で落語の魅力に心奪われ夢中に。大学卒業後、九代林家正蔵の門を叩く。5年2カ月の見習い、前座修行を経て、二ツ目に昇進。現在は東京と群馬を拠点に、全国各地で活動中。
Twitter @hayashitsuruko
HP https://tsuruko.jp/
チャンネルつる子 https://www.youtube.com/channel/UCu7wXqJrH2fLOVtreeGecVQ

2021.04.28(水)
文=CREA編集部
写真=今井知佑