母が息子の膝をなめる強烈なシーン
――冒頭の、長澤さん演じる秋子が周平の膝をなめるシーンが強烈でした。あれで一気に彼女の人となりに飲み込まれたというか、気持ちを持っていかれたような気がします。
今回の脚本は『あゝ、荒野』『宮本から君へ』などを手掛けられた港 岳彦さんと共同で執筆したんですが、僕が入った時点で「なめるように育ててきた」というセリフがもうあって、すごく印象的だったんです。
そこで、冒頭にも「なめる」というシーンを持ってきました。社会の外側で生きてきたふたりが、ある種の“純度”をもって愛のようなものを育んできた一面もあったんじゃないか、という仮説を立てて、演出しましたね。
周平は学校にも行っていないから自分自身を相対化できなくて、母親との関係が深いふれあいになってしまうんですよね。
――長澤さんの禍々しいオーラというか、説得力がすさまじかったです。従来のイメージを覆すキャラクターですよね。
難しく、恐ろしい役でしたが、本人から「こういった作品をやりたい」いう意思を強く感じました。おかげで、すごく信頼しあえましたね。
本作では秋子と周平の長い年月が描かれますが、長澤さんは秋子の声の出し方に至るまで、細かく考えてくれました。
――長澤さんが「初めのころは、大森監督の演出になかなか慣れなかった」とおっしゃっていましたが……。
そうそう(笑)。「テイクが少なくて大丈夫ですか?」と不安に感じていたみたいで。
僕は、撮影でテイクを重ねることが好きじゃないんです。俳優同士が初めて向きあったり痛みを感じたりする、その最初の感覚を映していきたい。特に今回は、ある種のドキュメンタリーにしたかった。
ただ、長澤さんはそういった現場が少なかったようで、最初は戸惑っていたみたい。
――なるほど。大森監督は、『まほろ駅前多田便利軒』でも、永山瑛太さんが言いよどむシーンをそのまま採用していますよね。役者本来の生々しさが伴ったライブ感が魅力ですが、周平役の奥平さんは演技初挑戦。どうやって、「一発OK」のレベルまで引っ張っていったのでしょう。
まず、ものすごく信頼している、ということをちゃんと伝える。
「お前を信用するし、自分が何を感じるかをちゃんと感じ取ってほしい。それが正解なんだ。だから、演技にウソをつかないでほしい。俺が『こうやりたい』って言っても『違う』と思ったら言ってほしいし、それがものづくりなんだよ」とクランクイン前から言い続けました。時間はかかりますが、そうすると自然な反応が出てくるんです。
もちろん、初対面のおじさんのことを信頼しろっていうのも大変なので、伝え続けるしかないですね。
役者には、とにかく無駄な緊張をしてほしくないんです。カメラの前に立たなくちゃいけないし、スタッフに囲まれた中で色々な表情を出していかなくちゃいけないんだけど、「リラックスしよう」と声を掛けました。
2020.06.30(火)
文=SYO