8時間かけて抽出されたスープが
五臓六腑に沁みわたる

 山手線の田町駅を降り、西口へ。人けのない通りをとぼとぼと歩く。

 誰も歩いていない。反対側の東口と比べると実に寂しい。工事中のビルを過ぎると、港区スポーツセンターが見えてくる。立派な建物。さすが港区はお金持ちの区だ。

 それにしても何もない。頭上を走る東京モノレールもなんだか寂しげだ。こんなところにお店を開くなんて?

 料亭「牡丹」の角を曲がり、次の路地を右へ。温泉マークのような暖簾が見える。「水炊き 鼓次郎」に到着だ。

何もなかったところに灯りを見つけて、ほっとした気持ちに。

 6~8人が座れるテーブルが4つ(うち1卓は半個室風)、カウンターは2人掛けが4つのこぢんまりとした空間。初めて訪れたのになんだか居心地がいい。

シンプルで落ち着くインテリア。ついつい長居をしてしまいそう。

 久我山にある「器楽亭」をご存じだろうか。主人は浅倉鼓太郎氏。数々の美食家をうならせてきた小料理店の主人で、『ツウが通いつめる居酒屋 器楽亭の絶品おつまみ』(講談社刊)という本まで出している辣腕だ。

 その彼が2017年2月13日にオープンさせた姉妹店が、名物のひとつである水炊きをフィーチャーした水炊き 鼓次郎。店を任されているのは、器楽亭で二番手として活躍してきた藤岡誠治氏。

「お通しでございます」

 この日は、京都産ほうれん草のおひたしにお揚げと舞茸。ほうれん草の味がしっかり。そこに自家製の出汁が合わさって、うん、うまい。器楽亭の実力は、すでにこの段階で発揮されている。

 いい飲み屋の条件であるポテトサラダ(400円)も頼んでみよう。開業時は「港区のポテトサラダ」なるキャビアが1瓶のり5,450円(!)という一品もあったらしい。

 「何組か召し上がったお客様もいました」……、さすが港区はお金持ちの区だ。私たち平民は普通のポテサラをいただくことにする。

やさしい味わいのポテサラは、上にのったフライドオニオンもポイント。

 テーブルにはスープがすでに張られた鍋が。ふたをあけるといい香りが漂う。コラーゲンでできた膜を玉杓子でといてやってから鶏肉を投入。鶏肉は総州古白鶏を使用しているそうだ。まずはスープだけをいただく。すばらしい! 水と鶏ガラ、モミジ(鶏の手)だけ、出汁は一切加えていないというが、なんとも濃厚な!

少し塩を追加すると、うまみが引き出されてさらにいい。

「本日のお奉行様はどなたさまですかー?」

 ホールを担う女性のきびきびとしたサービスがまたすばらしい。彼女の誘導でスムーズに進んでいく。水炊きセットは2人前5,000円。つまみを挟みつつ、水炊きを進めていくというのがこちらの食べ方。

 この方式、実にいい。まずは小菜をつまんでいき、ゴールである鍋に向かっていくというのが鍋にありがちなスタイルだが、つまみを急ぎ足で食べていくのがどうも好きじゃなかったのだ。

 肉をいただこう。火加減を調整しながら8時間炊かれた鶏肉は、口のなかでほろりとほどけていく。味付けは塩か自家製酢醤油で。薬味はもみじおろしとアサツキ。酢醤油が合う。あっという間に鍋の中が空になったのですかさず追加の肉を注文。

 待ち時間にはまた、うまいつまみを楽しむ。

 馬ヒレ刺(1,300円)は生姜醤油か大蒜醤油で。

ついつい箸がのびる。お代りも頼んでしまった。

 よだれ鶏ならぬよだれ豚サラダ(750円)は、キャベツの千切りとよくまぜて。中華の雲白肉にも似たテイスト。鶏カラアゲ(500円)もやってきて、ますますお酒が進む。

 5種あるグラスの日本酒は、グラスを替えなければ1杯500円(グラス交換の場合は700円)とリーズナブル。安心して進められる。

すばらしきつまみワールド。食べたいものがまだまだある。

2017.04.03(月)
文・撮影=Keiko Spice