1 / 35 浅野順子さん。 2 / 35 浅野順子さんの作品。 3 / 35 浅野順子さん。 4 / 35 浅野順子さんと近田春夫さん。 5 / 35 浅野順子さん。対談は、彼女が日々創作に励むアトリエで行われた。本棚には、美術書がいっぱい。 ©平松市聖/文藝春秋 6 / 35 浅野順子さん(左)と、幼少期の浅野忠信さん(右) 7 / 35 順子さんは1950年9月23日生まれ、近田さんは1951年2月25日生まれ。つまり同学年に当たる。©平松市聖/文藝春秋 8 / 35 アトリエには、順子さんの手がけた多種多様なオブジェが所狭しと並ぶ。©平松市聖/文藝春秋 9 / 35 10代の頃の浅野順子さん(本人提供) 10 / 35 10代の頃の浅野順子さん(本人提供) 11 / 35 40代の順子さん。(本人提供) 12 / 35 浅野順子さん。 ©平松市聖/文藝春秋 13 / 35 アトリエの壁には、次男である浅野忠信の写真も飾られていた。©平松市聖/文藝春秋 14 / 35 米軍が駐留した終戦後の横浜ならではの思い出が、次々と鮮明に蘇る。©平松市聖/文藝春秋 15 / 35 40代の頃、パートナーが営んでいた店では、順子さん自らがリメイクを施した古着も扱っていた。(本人提供) 16 / 35 アトリエには大きなサイズの作品も。 ©橋本篤/文藝春秋 17 / 35 順子さんの愛犬、ビスケット。来客が大好きで、取材中はスタッフたちの足元にさかんにじゃれついていた。©平松市聖/文藝春秋 18 / 35 浅野順子さん。 ©平松市聖/文藝春秋 19 / 35 10代の頃の浅野順子さん(本人提供) 20 / 35 浅野順子さんと近田春夫さん。壁にかかるドローイングは順子さん自身の作品。 ©橋本篤/文藝春秋 21 / 35 一見、ダメージジーンズのように見える順子さんの着ているつなぎだが、破れた穴のように見える部分も、ポケットも、実はすべてプリント。お洒落上級者である。©橋本篤/文藝春秋 22 / 35 父・ウィラードさんがウォレットに忍ばせ、終生その身に携えていた順子さんの写真。©平松市聖/文藝春秋 23 / 35 浅野順子さんのアトリエの様子。 ©平松市聖/文藝春秋 24 / 35 順子さんならではのあまりにもユニークなセンスが光るリメイク。(本人提供) 25 / 35 ヴィンテージブーツのペインティングに、後年、画家へと転身する才能の萌芽を見る。(本人提供) 26 / 35 浅野順子さん。 ©平松市聖/文藝春秋 27 / 35 浅野順子さんのアトリエの様子。 ©橋本篤/文藝春秋 28 / 35 浅野順子さんと近田春夫さん。 ©平松市聖/文藝春秋 29 / 35 浅野順子さん。 ©平松市聖/文藝春秋 30 / 35 アトリエの壁や天井、家具などは、自分好みに塗り替えている。©橋本篤/文藝春秋 31 / 35 小さな木の椅子は、順子さんによるハンドメイド。©橋本篤/文藝春秋 32 / 35 浅野順子さんが所属していた「クレオパトラ党」メンバーだった山口小夜子さん ©文藝春秋 33 / 35 浅野順子さんが所属していた「クレオパトラ党」メンバーだったキャシー中島さん ©文藝春秋 34 / 35 浅野順子さんのアトリエの様子。 ©平松市聖/文藝春秋 35 / 35 浅野順子さんのアトリエの様子。 ©平松市聖/文藝春秋
2025.1.15 【はじめから読む】〈祝ゴールデングローブ賞受賞〉浅野忠信を育てた母・順子さん(74)が語る「家族の歴史」 米兵の父との別れ、元芸者の母との生活、“ハマに名を馳せた”10代… カルチャー