福岡県柳川市。水郷のまちとして知られるこの土地に、夏の6日間だけ現れる“異界”があります。それは、世にも奇妙な美の世界「奇怪夜行」。

 国指定名勝の料亭旅館「柳川藩主立花邸 御花」(以下、御花)と、八女提灯の老舗「伊藤権次郎商店」が仕掛ける、恒例のアートイベントです。前篇では、御花の敷地内で繰り広げられた光景をレポートします。


100畳の大広間に浮かぶ提灯と、立花家に伝わる妖怪絵巻

 2021年に始まった「奇怪夜行」。第6回となる今夏はテーマを「原点回帰」とし、柳川に伝わる怪異の記憶をもう一度たどり直すような一夜が用意されていました。

 まず、ロケーションを簡単にご紹介しておきましょう。御花は1738年、柳川藩5代藩主・立花貞俶(さだよし)が、家族と過ごすための屋敷をこの地に設けたことに始まります。のちに造られた池庭・松濤園、大広間、西洋館などを含む約7000坪の敷地全体が、国指定名勝に指定されており、日本で唯一の「泊まれる国指定名勝」として知られています。

 「奇怪夜行」の企画・空間演出を担当しているのは、福岡県八女市で210年以上にわたり提灯をつくり続けてきた「伊藤権次郎商店」の8代目・伊藤博紀さん。老舗の提灯職人として重要文化財や神社仏閣などの装飾用提灯を製作する一方、クリエイティブユニット「CRAFCULT」の代表として、こうした企画展示や空間演出、映画の美術セットなども手がける気鋭のクリエイターです。

 日が落ち、建物の輪郭が闇に溶けていくころ、御花は昼間とは異なる表情を見せ始めます。廊下の先、庭に面した空間、ふと足を止めた暗がり。そこかしこで提灯の光が幽かに揺れ、古い絵巻から抜け出したようなあやかしたちが、こちらを見つめているように感じられます。

 圧巻は100畳の大広間を中心に展開する、提灯インスタレーション。直径90センチの巨大な提灯が重ねて設置されるほか、球形や筒状の提灯約70個が各所で待ち受けます。

 「モチーフは、柳川藩主立花家に伝わる『芸州武太夫物語絵巻』に登場する妖怪をはじめ、柳川に伝わる河童伝説、平安時代の疫病の神様や、UMA(未確認生物)、骸骨など多岐にわたります。“百鬼夜行”ではなく“奇怪夜行”としているのも、そうした、僕の大好きなあやかしたちを取り入れたかったからなんです」と、伊藤さん。

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