第68回江戸川乱歩賞を最年少23歳7ヵ月で受賞しデビューした、ミステリー界の新鋭・荒木あかねさん。“Z世代のアガサ・クリスティ”の異名を持つ彼女の待望の最新刊は、“人生の謎”に同志と共に立ち向かう痛快なミステリー作品集『おむこさんは殺人鬼』だ。掲載されている短編「答え合わせ」を特別に全文公開。


答え合わせ

 ふと顔を下に向けると鮮やかな赤が目に入った。

 膝の上に置いた手が、コートの袖が、血でべったりと汚れている。俺が怪我をしているわけじゃない。全部、彼の止血をしているときに付いたものだった。

 車体の揺れが伝わらないよう、カーブに差し掛かる度に一人の救急隊員がストレッチャーを押さえつけていた。マットレスに身を横たえた彼は、血の気の失せた真っ白な顔をしている。俺は唇を強く嚙み締めながら、救急病院に着くまであとどれくらいかかるだろうかとばかり考えていた。

 日本海側を中心に強い寒波が次々と襲来して、新潟は例年以上の大雪に見舞われていた。消雪パイプによる処理では追い付かず、上越市の幹線道路には灰色の雪が多く残っている。救急車は凍結した道路を慎重に走っていた。

 後部座席の窓には目張りが施されているため、外の景色を見ることはできないが、また雪が降り始めたのかもしれないという予感があった。

 彼を発見したのは、つい十五分ほど前、午後二時過ぎのことだった。彼は広い庭で、首から血をだらだらと流して倒れていた。出血性ショックを起こしたのか脈拍も呼吸も弱くなっていたが、しかしまだ意識があった。薄く瞼を開くと、呂律の回らない口で『冬馬(とうま)』と俺の名前を呼んだのだ。

 彼の声は不明瞭だったが、俺にはこう聞こえた。

『とうま……からだを……たいせつ……に』

『だいす……きだよ』

 ――冬馬。身体を大切に。大好きだよ。

 もっと他に言うべきことがあっただろ、と俺は呆れた。と同時に、実に彼らしい言葉だなとも思う。

 彼の右側頸部――右耳の五センチほど下には、ボールペンが深く突き立てられていた。出血の恐れがあるためか、未だに抜かれていない。そんなものを自分で刺したとは到底思えなかった。明確な殺意を抱いた誰かにやられたのだ。

 血の繫がらない息子に「大好きだよ」などという生温かい言葉をかけるくらいなら、せめて刺した犯人のヒントくらい残してくれればよかったものを。

「最後まで父親のふりをしたかったのか?」

 付き添い用のベンチシートから身を乗り出し、意識のない彼に向かって囁くような声で問いかける。無論返事はない。

 律儀な人だった。嫌な顔一つせず、俺の父親の役割を精一杯演じてくれていた。俺たちが生活を共にしたのは、たった七年ぽっちだったのに。

   *

 俺が生まれ育ったのは、佐渡島の北西海岸に位置する、相川という小さな町だった。

 物心ついた頃には父親の姿はなく、母一人子一人の家庭だった。地元の物産会社で事務員をしていた母は底抜けに明るく陽気な人で、俺は片親であることに対して不満や寂しさを覚えたことなど一度もなかった。

 ずっとこのまま、母と二人きりで暮らしていくのだろうと信じて疑っていなかった。だから中学三年の春、母から「結婚を考えている人がいる」と告げられたときは少なからず驚いた。

「冬馬も、一度赤羽(あかばね)さんと会ってみてほしい」

 赤羽順平(じゅんぺい)というその男は、新潟本土の人だと母は言った。母が本土に頻繁に出かけている様子などなかったから、二人は一体どうやって付き合っていたんだろうと当時の俺は不思議に思った。

 その年のゴールデンウィークに三人で食事をすることになり、俺は母とともに小木港から上越市の直江津港へと渡った。待ち合わせ場所のレストランに向かうと、赤羽順平は既に店の中で俺たちを待っていた。にこやかな笑みを貼り付けた彼が振り返って手を振ってきたときのことを、今でも鮮明に覚えている。

 彼は上越市にある県立高校で数学の教諭として働いていた。母とは友人の紹介で知り合ったらしい。彼は俺のことを「冬馬くん」と呼び、気安い口調で話しかけてきた。

「冬馬くん、今受験生なんだろう。勉強は大変?」

「……うん」

「バレー部に入ってるんだってね。香織(かおり)さんから動画、見せてもらったよ。すごくかっこよかった」

「うん、ありがとう」

「高校に入っても続けるのかい?」

「まあ、たぶん」

 母から事前に「赤羽さんには敬語を使わなくていいからね」と言われていた。多感な中学三年生の男子が初対面の大人に向かってタメ口を利くのは難しい。それでも母のためならば、と必死だった。だって、俺が彼に嫌われてしまったらきっと母に迷惑をかける。

 皆がメイン料理をあらかた食べ終えたところで、彼の携帯電話に着信があった。職場から何か連絡が入ったらしい。彼が携帯を片手に「ちょっと失礼」と席を立った瞬間、俺は深く呼吸した。そのときになってやっと、自分が彼を前にひどく緊張していたことに気づいたのだ。一方母は暢気なもので、彼が席を外している間、デザートのアイスクリームを勝手に三人分注文していた。

 やがてバニラアイスがテーブルに運ばれてきた。折よくテーブルに戻ってきた彼に向かって、母が言った。

「アイス来たよ」

 すると彼は少し面食らったような顔をして、「うん、俺も大好きだよ」と言う。母はぽかんと口を開けた。

「どうしたの、いきなり。わたしは『アイス来たよ』って言ったんだけど……」

 母の「アイス来たよ」は、彼が不在の間にアイスクリームが配膳されたことを知らせるための言葉だったのだが、どうやら彼はそれを「大好きだよ」と聞き違えたらしい。何とも間抜けなその聞き間違いに気づいた途端、彼も母も大笑いし始めた。

 人は他人の話を聞くとき、相手が今から何について話そうとしているのか、無意識のうちに過去の経験や記憶などと照らし合わせて予測している。そして、その予測の範囲内で会話が行われるものだと思い込んでいるのだ。人はこの思い込みのために、想定外の言葉が発された場合に聞き間違いを起こす。つまり、初めて聞く言葉や耳馴染みのない言葉、予想外の言葉は聞き間違えやすいと言えるだろう。

 あのとき、母がアイスクリームを注文していたことを知らなかった彼にとって「アイス来たよ」という台詞は全く予想外のものだった。だから正しく認識できなかったのだろう。

 食事を終えた後、俺と母はまた佐渡へと向かうフェリーに乗った。彼はフェリー乗り場まで見送りにきて、長いこと手を振っていた。

 甲板の手すりにもたれかかり風に当たっていると、いつのまにか母が隣に立っていた。母は「赤羽さんと家族になりたい」と言った。

「冬馬のためにも、いいことだと思う。もちろん、冬馬が反対するなら結婚しないよ」

 初対面の大人と二時間食事するだけでも苦痛で堪らないのに、いきなりそいつと家族になれだなんて、冗談じゃない。俺は嫌だ。嫌だ。俺のためと言うのなら、誰とも再婚しないでくれ。そう叫びたくなるのをすんでのところで堪えた。

「俺は大丈夫だよ」

 母の人生だ。好きにすればいい。でも一言、「ごめんね」と謝ってほしかった。

 母と彼が結婚したのはそれから約一年後。佐渡のアパートを引き払って、二人は上越市に中古の家を買った。俺は本土の高校に入学した。

 継父と暮らすようになってから、主に母と彼との間で「アイス来たよ」という符牒が度々使われるようになった。母はときどき俺にも「アイス来たよ」と言った。継父も俺に向かって冗談っぽくそれを言うことがあったが、俺が二人の習慣に倣うことは一度もなかった。

 彼らにとっては馬鹿馬鹿しくも幸せな合言葉だった。しかしそれはすぐに使われなくなった。母が夏に死んだからだ。

 その日、母は日が落ちてから「洗剤を買い忘れてた」と言いだして、近所の薬局へと向かった。継父はまだ仕事中で、学校から帰ってきていなかった。

 暗い交差点だった。母の車は、スピード超過で右折してきたトラックに衝突された。母と彼との結婚生活はたった三ヵ月で終わりを迎えたのだ。

 二人が再婚に踏み切ったのは、俺がもう大きかったからだと思う。あと三年もすれば高校を卒業する。大学生になってから一人暮らしでもさせれば、夫婦二人きりで過ごせるようになる。そう考えていたはずだ。けれど継父には血の繫がらない息子だけが残された。

 母抜きではまともに会話もできないような間柄だった。家族と呼べるような関係を築けてはいなかった。しかし継父は、俺と共に暮らし続けることを決めた。

「当然じゃないか」と彼は言った。「香織さんがいなくなっても、俺が冬馬の保護者であることに変わりはないよ」

 心の中ではこんなことなら養子縁組なんかしなけりゃよかったと後悔していただろうが、おくびにも出さなかった。本当に律儀で、真面目な人だった。

 母の初盆の法要は上越の自宅で行われた。母方の親戚も赤羽の親戚も、ほんの数名しか参列しなかった。結婚するとき彼の方が母の籍に入っていたので、継父はもう赤羽ではなく、俺と同じ清水(しみず)姓を名乗っていた。

 読経が終わると客間で会食が始まった。継父はある程度時間が経つと「冬馬は勉強してきなさい」と俺を追い出した。今思えば、俺が居心地悪そうにしているのに気づいてくれたのかもしれない。仏壇のある和室に逃げ込み、俺は一人、市民図書館で借りた本を読んでいた。

 客間の方から、知らない大人たちの話し声が微かに聞こえてくる。小一時間ほど経って、継父が部屋に顔を出した。彼は仏壇の前に設えられた白提灯と盆棚に目を向けたまま、俺に話しかけてきた。

「夏休みの課題は終わったのか? 数学なら教えるよ」

「もう全部やった」

「そうか」

 しばらく沈黙が続いた後、また彼は口を開く。

「何の本を読んでるんだ?」

「ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』。もう読み終わる」

「どんな話?」

 看護師の母と、重傷を負って寝たきりとなった兵士との間にできた子ども、T・S・ガープの一生を描いた小説である。「あらすじを説明するのが難しい」と答えると、継父はさらに質問を重ねた。

「じゃあ、印象に残ってる場面は?」

 印象に残っているのは、物語の後半、ガープが飛行機の中で息子のダンカンと会話するシーンだ。ダンカンは父ガープとともに、幼い頃の思い出話――ウォルトと引き波の話をする。ウォルトとはガープの次男、つまりダンカンの弟である。

 ガープ家は毎年、夏になると海辺の町に出かけていた。ある夏の日、幼いウォルトが浜辺でよちよち歩きをしていると、兄のダンカンがこう注意した。

 ――引き波に気をつけろ。(Watch out for the undertow.)

「引き波(undertow)」という言葉を知らなかったウォルトは、それを「水中のヒキガエル(under toad)に気をつけろ」と聞き間違えた。ガープと妻のヘレンはその可愛らしい聞き間違いを大層気に入って、家族の間だけで通じる合言葉として「ヒキガエル」を使うようになっていく。

 そんなことを適当に説明していたら、継父の暗い瞳にみるみるうちに涙が溜まっていった。彼は静かに言った。

「引き波とヒキガエルか。可愛い聞き間違いだな」

「うん」

「まるで、うちの家族みたいだ」

 やがて彼の目の縁から涙が一粒零れ落ちた。

 俺は腹の底から激しい怒りがこみ上げてくるのを感じていた。俺の方が母と長く過ごしていたのに、どうしてほんの少しの間だけ恋人だった男が俺を差し置いて泣いているのだろう。図々しいと思った。

 継父は泣きながら俺の背中を擦っていた。何もかも逆だろ、と叫びだしたくなったが、口にも態度にも出さなかった。

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