編集部注目の書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」。今回寄稿いただいたのは、文筆家・土門蘭さん。話題の新刊『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』の帯に書かれた一文「まず、誰にも見せない文をノートに」のような、「誰にも見せない◯◯」シリーズは他にもあるとか。自分だけの密かな楽しみについて教えていただきました。

 先日、新刊のプロモーションで、あるラジオに出演した。その帰り、担当編集のKさんと広報のHさんとともに、お茶をしようとカフェに入った。
 私はHさんと隣同士で座り、一緒にメニュー表を覗き込んだ。「このパンケーキ、おいしそうですね」「これとこれ、どっちにするか悩んでます」などと言いながら、メニュー表をあれこれ指差す。
 すると、正面に座っているKさんが「ネイル、いいですね」と言った。メニュー表の上の私の爪は赤、Hさんの爪はピンクに塗られている。私たちは爪を褒められて、顔を見合わせてニコニコした。

「ネイルって楽しそうですよね」
 と、Kさんが言った。
「楽しいですよ。Kさんもしてみたらどうですか?」
 すると彼は驚いた顔をして「いやいや、僕がしたら変でしょう」と笑う。
「変じゃないですよ」
 Hさんと私が同時にそう言った。Kさんが「ハモりましたね」とまた笑った。

 でも確かに、最近では美容に取り組む男性が増えてきたとはいえ、ネイルをしている男性はあまり見ない。そんな中、ネイルを始めるのはハードルが高いだろう。
「塗るとしたらどんな色がいいですか?」
 そう聞くとKさんはちょっと考え込んで「土門さんが今塗っているような、深い赤とかいいなって思います」と言った。
「じゃあ、まずは足の爪にマニキュアを塗るのはどうですか? 誰にも見せないネイル。靴下を脱ぐ時、自分ひとりで眺めて楽しむんです」
 するとKさんは「なるほど」と納得しつつ、「でも家族が見たらびっくりしないかな」と呟いた。

 Kさんと作った本は『ほんとうのことを書く練習』というタイトルだ。
 帯には「まず、誰にも見せない文をノートに」と書かれている。他者の評価やリアクションに左右されず、自分ならではの文章を書くために、まずは誰にも読ませない文章を書きましょうと、この本の中で書いた。
 ネイルの話をしながら「『誰にも見せないマニキュアを爪に』ですね」と言った。そうしていたらパンケーキが届いて、私たちは歓声をあげた。

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