「お優しかった印象しかありません」

 父が亡くなったあと、お世話になった看護師さんたちに、「わがままな父のことを長い間、ありがとうございました」とお礼申し上げると、

「いえいえ。先生はいつもニコニコしてらして。わがままなんてぜーんぜん。いろいろ教えてくださって、本当にお優しかったです」

 出版社の方々やカメラマンにも、

「お優しかった印象しかありません」

 どこがだ!? どうも娘が見たことのない父の顔が、そこここにはあったようである。

 娘の私にとって父の存在は、物心ついた頃からひたすら怖い存在でしかなかった。嫌われていると思ったことはほとんどないが(でもたまに、本気で父が怒ったときの顔は、娘を憎んでいるとしか思えぬ形相であった)、父の機嫌がどこで豹変するかわからない恐怖が、日々の生活には常につきまとっていた。

 ついさっきまで笑っていたはずが、ちょっとしたこちらの一言でたちまちこわばる。調子に乗ればすぐに怒鳴られ、ならば静かにしていようとすると、「なぜ黙っている。なんか文句があるのか」と、いちゃもんをつけられる。

目覚めると、ひとりだと気づく 家族が過ごした最期の日々

2026年4月17日
定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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