1800年代後半のジャポニスムから現在にいたるまで、古今、世界を刺激する“日本の美”は、日常の中で醸成されてきた。
空間を仕切る衝立や襖、道具やちり紙にまで宿る美意識は、芸術と用の美を峻別することのない独自の感性によって成り立ってきたのだ。
時を超え美を継承する職人たちの手業を求めて京都を旅する。
今、世界のクリエイターたちは日本の伝統文化に熱い視線を送っている。その動きに応え、普遍の価値を問い続ける京都の2つの工房に美意識を聞いた。変わらぬ姿勢と変えるべきスタイル、その境界はどこにあるのだろうか。
長い海外暮らしを経て伝統工芸の担い手へ
京都市内ではあるが、横山充氏の畳工房は最寄り駅からバスに揺られて20分ほど行った大原にある。素っ気ない建物は、一歩入れば清々しいイグサの香りと石油ストーブの懐かしい匂いが入り混じり、なんとも優しい気分になる。
東京に生まれ湘南に育った横山氏は、もともと京都には縁もゆかりもない人。そんな彼が畳という伝統工藝の世界に飛び込み、内外多くのアーティストやデザイナーから熱い支持を集めて「TATAMI」をネクストステージへと推し進める存在となるまでには長い寄り道の時間があった。
ニューヨークでは語学学校に通いながらカメラマンを志し、アシスタントとして5年過ごした。パリを拠点にアルバイトをしながらヨーロッパを1年放浪し、オーストラリアで船大工として6年を費やした。合間には東京で“一応”サラリーマンだった1年もある。国も仕事も変えながら歩んだ時間は一直線ではなかったが、「京都に移住し畳職人になる」と決めたのはシンプルな理由だった。
「長い海外暮らしで、畳が恋しくて仕方なかったんです。同時に畳という日本にしかない文化の素晴らしさを、もっと世界に伝えたいと思うようになりました。誰もやらないなら自分がやろう、と。最も美意識が高く、厳しい修行ができる京都を選び、畳職人養成学校に入りました」(横山氏)
CREA Traveller 2026年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。
