冠公演「上野水香オン・ステージ」への思い
――今回、ご自身の名を冠した「上野水香オン・ステージ」が実現したことへの率直な思いをお聞かせください。
「上野水香オン・ステージ」は今回で3シーズン目になります。初めて上演されたのが2023年、次が2024年、そして1年開いて、今年ということで、継続的にやらせていただいています。
最初は東京バレエ団の定年前に何がしたいかと聞かれた時に、「自分の名前を冠したガラ公演をやりたい」と提案したんです。そして作品はやはり『ボレロ』だと言って、その公演が実現しました。お客様がリクエストしてくださることで継続できているので、本当にありがたいです。
――実際にやってみて気づけたことはありますか?
みんなこういう「オン・ステージ」がすごく好きなんだということに気づくことができました。実は、この冠公演は、昔から抱いていた夢の一つでした。若い頃、まだ別のバレエ団にいたときは『ボレロ』がレパートリーになかったので、踊ること自体無理だったんです。
いつかやってみたいという思いで、家で真似をして踊っていたこともありますし、家の近くの会場を借りて、ラジカセで音楽を流して、その舞台で一人で踊ったこともあるんです。それなりに大きな会場だったんですが、客席にいるのは家族だけ。その時の公演名も「上野水香オン・ステージ」でしたし(笑)、『ボレロ』だけでなく、ほかの作品も踊りました。
シルヴィ・ギエムさんにとても憧れていたので、私にとって『ボレロ』はそういうエピソードも実はあるんです。
――ギエムさんの名前が出ると、やはり『ボレロ』を思い出しますね。
ギエムさんたちのように「オン・ステージ」を全国で上演できるという、同じ道を歩むことができているのは、本当に光栄です。今回の「オン・ステージ」では東京バレエ団と共演できて、ツアーとして各地を巡業できるのは、今までのバレエ団にはなかった特別なものです。夢を見ていた頃の自分に教えてあげたいくらいです。
でも実は、2023年以前は『ボレロ』を自分の名を冠してやるとも思っていなかったですし、全く自信がありませんでした。ですからリクエストをいただいたこともあったのですが、お断りしたことがありました。
ところが、コロナ禍に「ホープ・ジャパン」という活動で各地を回って躍り込んできた『ボレロ』をご覧いただいて、皆さんが元気になってくださるのだと実感でき、自分の『ボレロ』にも力があるかもしれない。もっと大切に踊りたいと思えたんです。その積み重ねがあって、ようやく自信を持って「『ボレロ』で」と、言えるようになりました。
