便利さから距離を置き、自分の身体の声に耳を澄ます
今、旅のスタイルは至れり尽くせりのオールインクルーシブが主流かもしれません。僕自身、そういう旅も好きです。でも、そういう場所では、一緒にいる相手とでさえ、意外と深く話さなかったりする。しらかば荘では、あえて「手間」の余地を残しています。冬には薪ストーブに火をくべ、サウナの温度を薪で調整し、みんなで一緒に料理をする。そうした共同作業の中に、自然な会話や、お互いの得意・不得意を補い合う関係性が生まれるんです。これこそ、旅の醍醐味の一つであるコミュニケーションの原点ではないでしょうか。
僕がしらかば荘での滞在を通して、皆さんに持ち帰ってもらいたいもの。それは、現代社会で眠ってしまった「本能」です。便利すぎる毎日は、自分の身体の声を聞く機会を奪います。「今日、本当に食べたかったものは何だろう?」と、僕は料理教室でいつも問いかけます。自分の身体が何を欲しているか、その声に耳を澄ます習慣を取り戻してほしい。しらかば荘の温泉は、源泉が60度あるので、自分で水と混ぜて「今日の自分にとっての心地よい湯加減」を探さなくてはなりません。自動給湯器が設定した42度が、今日のあなたにとっての正解とは限らない。
AIやインターネットが提示する答えは、あくまで最大公約数的な「仮説」にすぎません。その仮説を、自分の身体というアナログな感覚で検証し、自分だけの答えを見つける。料理のレシピも同じです。「塩少々」の解釈は人それぞれ。そのプロセスこそが、眠っていた本能を目覚めさせてくれるはずです。
しらかば荘は、テレビも置いています。雄大な自然の中でデジタルデトックスを、という思想の押し付けはしません。どう過ごすかはお客様が決めること。ただ、ここには、自分の感覚を研ぎ澄まし、自分自身と向き合うためのきっかけが散りばめられています。運営を担ってくれているスタッフも、プロのホテルマンではなく、この地で農業を営む、地元の気のいい若者たちです。彼らとの何気ない交流もまた、心に残る体験になるはずです。都会の喧騒から離れ、便利さから少しだけ距離を置いてあなたの本能を取り戻す旅を、ぜひ一度、体験しに来てください。
茂田正和(しげた・まさかず)
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド「OSAJI」を創立しディレクターに就任。2026年に、文化創造と感性の再生をテーマに、食・音楽・アート・文学・デザインを軸に事業を展開する「fooop」を設立。著書に『食べる美容』(主婦と生活社)ほか。
しらかば荘
