大笑いした夕食後、午後8時過ぎに心臓発作

 午後には日露戦争に出征した教え子に書物を送ってあげたいが何がいいだろうか、と書斎の本棚をさがし、彼への手紙を書きました。夕食の時にはいつもより機嫌がよくて、冗談を言って大笑いもしていました。そして……

〈いつものように書斎の廊下を散歩していましたが、小一時間程して私の側に淋しそうな顔して参りまして、小さい声で「ママさん、先日の病気また帰りました」と申しました。私は一緒に参りました。しばらくの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした〉(『思ひ出の記』)

「パパァーッ、パパァーッ」

 八雲の胸に取りすがり、セツは絶叫しました。

〈天命ならば致し方もありませんが、少しく長く看病をしたりして、いよいよ駄目とあきらめのつくまで、いてほしかったと思います。あまりあっけのない死に方だと今に思われます〉(同前)

 机上には書きかけの原稿用紙が残されていて、そばに置いていたペン先のインクは、まだ乾いていませんでした。午後8時過ぎ心臓発作でした。54歳の、急な旅立ちとなりましたが、死に顔に微笑みを浮かべていたのが救いでした。

 かつて、そこの僧侶になりたい、と親しんだ瘤寺で葬儀は営まれました。焼香の間、セツは涙を止められませんでした。悲しみに暮れるセツに代わって葬儀をとりしきったのは、遠縁にあたる法学者の梅謙次郎(1860~1910)でした。

 墓は好んで散歩した雑司ケ谷の墓地に建てられ、庭から移したバラなどが植えられました。

 小泉八雲之墓

 と刻まれた簡素な佇(たたず)まいの墓です。セツの墓と隣り合い、歳月を重ねています。

小泉 凡(こいずみ・ぼん)

1961(昭和36)年、東京都生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、87年から曽祖父・小泉八雲ゆかりの松江市で暮らす。小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長、島根県立大学短期大学部名誉教授を務める。著書に『怪談四代記 八雲のいたずら』(講談社)、『小泉八雲と妖怪』(玉川大学出版部)など。

聞き手 木元健二(きもと・けんじ)

1970(昭和45)年生まれ、大阪府出身。同志社大学法学部卒。94年、朝日新聞社入社。大阪本社学芸部、東京本社文化くらし報道部、週刊朝日編集部(いずれも当時)などに勤務。松江総局に 2021年から3年在籍した。

セツと八雲 (朝日新書)

定価 957円(税込)
朝日新聞出版
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