俳優・安藤玉恵さんの実家は、荒川区尾久にあるとんかつ屋『どん平』。すぐそばには、男女の情愛のもつれから起きた、センセーショナルな阿部定事件の待合茶屋があったらしい。初めてのエッセイ集『とんかつ屋のたまちゃん』では、小料理屋時代を切り盛りした祖母、放蕩人だった祖父、面白エピソード満載の父、大家族の世話に身を粉にした母、妹想いの兄ら、安藤さんのルーツがわかるような家族の物語が綴られている。
とんかつ屋の娘が、どういう経緯で市井の人を演じたら絶品の俳優になったのか、俳優業について語ってもらった。
上智大学を退学し早稲田へ。「社長第2秘書」を演じた初舞台

――安藤さんが最初に影響を受けた演劇や映画は何ですか?
なんだろう……。劇場も映画館も小さい頃から連れて行ってもらっていたのですが、特に何かに影響を受けて俳優を目指したというのではないですね。
祖父が歌舞伎の衣装付けの仕事をしていたので、だいぶ小さい時から歌舞伎には連れて行ってもらっていました。ただ、子供にはあの歌舞伎のお化粧が怖くて(笑)。ちゃんと観るようになったのは大学に入ってからです。
映画は小学生の頃、父方の叔母の「Tバーバ」がよく連れて行ってくれて、当時はやっていた作品をぎゅうぎゅう詰めの客席で観てました。『南極物語』とか『ビルマの竪琴』とか。「水島、一緒に日本に帰ろう!」って、みんなで真似をしてました(笑)。
演劇をやりたいと思ったのは演劇サークルに入ってからですね。
――安藤さんは外交官を目指して上智大学に入学するも半年で退学し、早稲田大学に入り直します。演劇ゼミのお友達に誘われて、数々の演劇・映画人を輩出する早稲田大学演劇倶楽部(エンクラ)に入り、演劇の道を歩み始めた。初舞台もその時に?
そうです。エンクラには半年間の新人訓練があるんです。4月に入部して夏休みまでずっと練習をして、当時の新人担当が小手伸也さんだったので、小手さん作・演出の作品に出ました。それが初舞台です。
「社長第2秘書」という色っぽくて陰のある、経験値の高そうな女性役でした。当て書きだったので、まだ19歳でしたけど、そんなふうに見られていたんでしょうね(笑)。自分では明るく元気な子と思っていましたけど。
すごく緊張したけれど、楽しかったですね。
全く理解できない役はお引き受けしない

――大学卒業後は小劇場で活躍しながら、2003年に廣木隆一監督の『ヴァイブレータ』で映画デビュー。山下敦弘監督や西川美和監督、橋口亮輔監督ら名監督とお仕事をされていますね?
そうなんです。舞台を観ていただいて、お声をかけていただくようになりました。
――演出家や監督で、特に刺激を受けたとか、転機となった出会いはありますか?
えー? それは全部です! 初めて出演した映画は、大学時代で、上田大樹監督の自主映画『ワタシハコトバカズガスクナイ』。その後、廣木監督が最初に呼んでくださって、そこから、西川監督、山下監督、橋口監督からお声をかけていただきました。
橋口監督が『ぐるりのこと』では、当て書きをしてくださったんです。演じようとしないで、ということですよね。当て書きの役って、あれこれ考えたいのに、考えない方がいいし、そのままで居るという難しさもある気がします。
――木村多江さん演じる主人公の義理の姉役。タバコを口にくわえながら子供をあしらうような、あくの強い、ちょっと意地悪な役でしたよね?
意地悪でした(笑)。面白がってやっていました。
――悪女や普通なら共感できないような人でも、役では面白がれますか?
全く理解できない役はお引き受けしないですけど、物語がものすごく面白いかどうかは(出演を決める上で)大きいかもしれないです。
2025.06.19(木)
文=黒瀬朋子
写真=平松市聖
ヘアメイク=大和田一美
スタイリング=Kei(salon de GAUCHO)