『マーガレット』や『りぼん』より、“面白い”大人がたくさんいた

――『とんかつ屋のたまちゃん』を拝読して、安藤さんは子供の頃からたくさんの人を見てきたから、優しいお母さん役からはすっぱな役までできるのだなと思いました。
確かにいろんな人を見てきたと思います。
同じ年頃の女の子たちは『マーガレット』とか『りぼん』とか、少女漫画に夢中になっていましたけど、私はそこまで興味がなかったんです。周りに面白い大人がたくさんいたから、物語の必要がなかったんですね。フィクションに触れるよりも、商店街の大人たちと喋っている方が断然面白かった。
演劇をやるようになって、演じた役について「そういう人いそう」という感想をいただくことが多いんですけど、それは物語の中から役の人物を考えるのではなく、その人物のセリフにはない、違う面について考えているからかもしれません。知ってる大人たちの、本音と建前を観察していたので。
――「物語」で描かれるのは、登場人物の人生の一部に過ぎませんものね。
そうなんです。物語の中では脇役だったとしても、その人の人生全体を考えるようにしています。
――演じる時に、「尾久で見たあの人」みたいに、具体的な誰かを役の参考にすることはありますか?
よくあります。エッセイには書いてない、面白い人たちもたくさんいますから。いろんな女性たちの生きてきた様子をずっと観察してきたと思います。あのおばさんに近いなとか、役の人生や背景を想像して。とにかく女性のサンプルはたくさん見てきましたね。
ビールのことが頭に浮かんできたら、やめどき

――文章を書くことと役を演じることでは、何か共通点はありましたか?
頭と体の両方を使うところはすごく似ているなと思いました。文章を書くのも体を使うと思いました。やっぱり疲れる(笑)。
お芝居の稽古をして夕方くらいになると、自然とビールのことを考え始めるんですよ。
朝から原稿を書いて、ビールのことが頭に浮かんできたら、そろそろやめようと思いました。疲れてきているということだから。
――ビールが疲れのサインなんですね(笑)。
あと、「自分から離れる」という感覚もすごく似ていると思いました。
芝居も、自分の中からセリフを言うというよりは、何か別の力に言わされている状態がいいと思っているんです。安藤玉恵がどうしたいとか、どう見せたいと思うことが演技の上では一番よくない。
書いている時も、自然と書かされているような状態になるのが理想だろうと思いました。このテーマを書きたいと思って、そのことについて数日、数ヶ月考えているとだんだん考えが熟成して言葉が出てくる。表に出すまでの準備期間が必要なのもお芝居と似ている気がします。

――文章のリズムもいいですし、安藤さんの声で、物語の語りを聞いているような感覚になりました。
技術的にそういうふうにしか書けないんだと思います。
初めての単行本なので、皆さんがどんなふうに読んでくださるのかドキドキしています。
でも、どうしたら面白がっていただけるかは一生懸命考えました。舞台に立つ時も「楽しんでもらおう」という気持ちはゼロではないので、それと同じです。だって人様に見せるものですから。
――『とんかつ屋のたまちゃん』は、いつかドラマ化するのではないかと思うのですが、そうなったら、誰の役をやりたいですか?
語りがいいですね。毎回出られるから。感覚の近い、信頼できるプロデューサーさん、脚本家さんと、一緒に楽しみながら作りたいです。
安藤玉恵(あんどう・たまえ)
東京都出身。早稲田大学演劇俱楽部で演劇を始め、舞台、テレビ、映画で活躍。今後の予定に、Eテレ「100分de名著」(アトウッド著『侍女の物語』『誓願』/2025年6月期毎週月曜22:25~)、「未病息災を願います~かしまし3姉弟より~」(毎月最終日曜日19:00~レギュラー放送)、映画『でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男』(監督:三池崇史/2025年6/27公開)、舞台Bunkamura Production 2025『リア王』(作:ウィリアム・シェイクスピア、上演台本・演出:フィリップ・ブリーン/2025年10月~11月)など。

とんかつ屋のたまちゃん
定価 1,540円(税込)
幻冬舎
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2025.06.19(木)
文=黒瀬朋子
写真=平松市聖
ヘアメイク=大和田一美
スタイリング=Kei(salon de GAUCHO)