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 徳島での旅の途中、素朴な田舎の風景のなかにたたずむ古民家の本屋を見つけた。隣にはゲストハウスも併設している。“なぜここに?”と気になり、店主に話を伺った。


◆「漠然とした不安」を抱き、移住を決意

 本が読みたくなってグーグルマップを開いた。そのとき筆者がいたのは、徳島県北西部の美馬市。「書店」と検索し表示されたなかに一軒、商店が集まるエリアからちょっと離れた場所に本屋があった。

 日暮れの頃、マップに従って車を走らせると、細い里道へ入っていく。住宅や田畑が点在する集落に、立派な古民家があった。ここだ。あたりは電灯も少なく暗い。「まるとしかく」と書かれた看板にぼんやりと光が灯っていて、OPENの文字。おお、やっている。

 少し勇気を出してガラッと扉を開けると、コンパクトな空間を本棚が囲んでいる。人文哲学系やエッセイ、ノンフィクションにセレクトの熱を感じつつ、小説や絵本、児童書、それに徳島関連の本のコーナーも。新刊と古書の両方から幅広くセレクトされている。

 「こんばんは。きょうは冷えますね」。カウンター越しに、女性が柔らかくあいさつしてくれた。彼女は、店主の内田未来(みく)さん。すると奥の部屋から一匹の茶白猫がそろりと歩み寄ってきた。ちょっと異世界に迷い込んだ感覚になった――。

 この本屋、いろいろ気になる。そう思った筆者は、数日後に再び店を訪れて内田さんに話を伺った。

 「泊まれる本屋 まるとしかく」は、2023年1月に併設するゲストハウスと同時にオープン。築100年超の母屋を宿泊スペースに、納屋(なや)だった建物をリノベーションして本屋にしたという。

 「多いときは十数人の家族が暮らしていた家だそうです。本屋のほうの建物は昔、馬小屋だった時期もあるみたいで」と、内田さんは笑う。

 内田さんは、神奈川県生まれ。大学時代にアカウンティング(企業会計)を学ぶためにアメリカへ留学すると「同調圧力の少なく自由な社会が気に入った」と、そのまま現地の大学へ編入し、20代後半までアメリカで働いた。ちなみに一緒に暮らす愛猫のサニーは、アメリカの路上で保護してから16年間もの付き合いだそう。

 帰国後は、東京で外資系やベンチャーなどの企業を経験し、その後、経済メディア「NewsPicks」の立ち上げには会計責任者として参画した。そして2020年に会計分野で独立。現在は、会計の仕事と本屋、ゲストハウスの運営を並行している。

 と、移住前のプロフィールだけを見ればとても都会的なキャリアだが、なぜ地方の町で起業するにいたったのだろうか。

「都会で暮らしていた頃は、仕事をして、お金をもらって、消費者としてお金で何かを手に入れて……それで日々がただ過ぎていくような生活で、漠然と不安でした。さらに、地方にはいま課題がたくさんあるはずなのに、都会にいるとあまりにも分断されていて全然見えてこないことを疑問が思って。自分がすごく狭い世界に生きている気がしていて、いつかは首都圏を出ようと前から考えていました」

 そう話す内田さんは、30代後半から移住を視野に入れて日本各地を巡っていた。そんななか、借り手を募集していた古民家の見学に訪れると、とんとん拍子に話が進んだ。それが現在、暮らし、商う場所だ。「決定打があったわけじゃないけど、決まるときは自然に決まっていくんだなと感じました。周りの人たちも動いてくれて、あれよあれよって」と振り返る。

2025.04.11(金)
文・写真=一ノ瀬 伸