誰かと一緒に暮らしているからこその発見が面白い

――あと、沈黙とか「間」が書けるのも漫画のすごさですよね。吹き出しに「……」という記号で表現する、あれは漫画にしかできない表現だ! と感動しました。現実の生活って会話で埋め尽くされているわけじゃない。むしろ沈黙の方が多かったりします。
今の熊本のパートナーがすごく喋るのが遅いんですよ。付き合い始めの頃はがんばって合わせてくれたと思うんですが、一緒に暮らし始めて朝起き抜けとか不自然なぐらい「……」の時間があることに気付いて、慣れるまでは苦労したけど、今ではそれも二人の生活を形成する要素になっている気がします。
――どれだけ付き合いが長くて仲が良い人でも、一緒に暮らしてみないとわからないこともありますよね。
ありますよね。一緒に暮らすなかで無意識に入ってくる情報量ってすごく多くて、たとえば体調が悪いとき、私は扉を閉めちゃう派なんですが、同居人さんは扉を開けっぱなしてることが多い。それはいつでもトイレに行けるようにとか、ヘルプを出せるようにだと思うんですが、こういうことって話してわかる部分ではない。誰かと一緒に暮らしていると常にこういう発見があって、おもしろいですね。
大切な生活の記憶があれば人生は続く

――人と暮らして影響を受けて変わっていく自分もいれば、変わらない自分もいる。「二人が暮らす部屋のリビングは汽水域」とはまさに! で、『大なり小なり』を読んでいると、自分と誰かが混じり合うグラデーションこそが「生活」だよな―と気付かされます。
あとがきにも書いているんですが、四年間かけて小田さんと大原さんの生活の断片を淡々と描く中で、「変化」と「家族」というテーマが自然に浮かび上がってきました。変化して元彼との関係を続けられなかったこと、いつまでも変われない家族との関係、変われずに死んでいった祖父……。自分の変化によって一緒に暮らす相手も関係性も変わっていくだろうけど、それでも変わらないこともあるよなって。
――小田さんと大原さんの同居生活も、このまま続くかもしれないし、あっさり離れるかもしれない。
続いても続かなくても、この生活を経験していれば二人はきっと大丈夫だと思うんです。生きていればいろいろあるだろうけど、誰かと楽しく過ごした経験がひとつでもあれば。それをお守りにして生きていける。その対象は人でなくても、犬でも猫でも、なんならモノでもいい。大切な生活の記憶があれば、大なり小なりあっても「人生は続く」んです。
たなかみさき
1992年生まれ。生活や人物を風通し良く描くイラストレーター。作品集に『ずっと一緒にいられない』『あ~ん スケベスケベスケベ!!』(共にPARCO出版)がある。現在ラジオパーソナリティとしても活動中。

大なり小なり
定価 1,485円(税込)
文藝春秋
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2025.03.22(土)
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘