「大丈夫だから、そう慌てないの」

「でも」

「どうせ、どこかで昼寝をしているうちに、寝過ごしでもしたのでしょう。お腹を空かせて、きっとすぐに出て来るわ」

 お(かた)さま、と、話を背後で聞いていた女が控えめに声をかけてきたので、梓は軽く頷いた。

「でも、そうね。さすがに遅すぎるから、腹ごしらえをしてもまだ戻って来ないようなら、みんなで探しに行きましょう。帰って来たら、きちんと仲直りするのよ」

 いいわね、と視線を合わせて言えば、うん、と不安げに雪馬は頷いたのだった。

 ――しかし、いくら待っても、二人は戻って来なかった。

「チー坊! どこにいるんだ」

「坊ちゃーん。聞こえたら、返事しておくれ!」

 一足先に探しに出た梓と女達の後に、夕飯を終えた郷吏達も加わってあちこちを見て回ったが、それに応える声は、一向に聞こえてこない。

 山城となっている郷長屋敷のふもとには、畑とそれを預かる郷民の集落、陸路を行く旅人のための宿がある。日中、下の畑に出ていた者は、郷長家の名物兄弟は目にしていないと口を揃えた。

 すでに、とっぷりと日は暮れている。

 日が出ている間は暖かかったものの、まだ、風の中には冬の名残が色濃い。首元と足首のあたりから冷気が忍び寄り、いよいよ、薄着のまま出かけた子ども達の身が危ぶまれた。

「お前は一度、屋敷に戻って何か口にしてきなさい」

 声を嗄らして歩き回る梓に声をかけたのは、夫であり、郷長である雪正(ゆきまさ)であった。

「でも、あなた」

「私達は食事を済ませているが、お前はろくなものも口にせずに出て来ただろう」

「私は大丈夫です。こんな時に悠長に食事なんてしていられません」

「お前は大丈夫かもしれんが、もう、雪馬が限界だ」

 ちらりと雪正が目をやった先では、もはや声も出ない様子の雪馬が、半泣きになりながら郷吏の後ろを付いて回っている。

「このままだと、長丁場になるやもしれん。女達には、夜食を作るように言って屋敷に戻した。お前も、雪馬を連れて戻るのだ」

2024.09.28(土)