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読んだら楽しい気持ちになれる寺村輝夫の世界

――寺村先生から学んだことは多かったと思いますが、永井さんが物語を書く時に大切にしていることは何ですか?

永井 物語については、寺村先生が「楽しいエンターテインメントだ」とおっしゃっていたので、楽しさを第一に考えています。

 昔、「わかったさんのアップルパイ」の原稿をいただいた頃、私の母が大きな手術をして「もう駄目かな」という時があったんです。予定していた手術時間より5時間近くオーバーして、手術室から出てきた母の顔はもう真っ青。ベッドのそばに一晩中、暗い気持ちでついていたんですけど、そのときに預かっていた寺村先生の原稿を読んだら、すごく楽しい気持ちになっちゃったんです。おかしいでしょ。自分の母が危篤で、落ち込んでいるのにね。物語の世界に連れられていった一瞬だけ、明るい気持ちになれた。

 寺村先生の原稿には、「ありえない!」っていう展開が詰まっているじゃないですか。シーツを広げてバルーンにしたら雷様に出会って、わかったさんが氷の服を着たり。氷で服なんか、できるわけないのに、そういう自由さが私には気持ち良かったのかもしれないですね。

 つまり、寺村先生の世界には、人の気持ちを明るくする力が宿っているんだと思います。きっとそれは、今の子どもたちにも通じるものでしょう。だから、「読み始めたら楽しい」ということを一番大事にしています。

いつか子どもたちに伝えたいこと

――素敵ですね。わかったさんの新シリーズは、今後も続きますか?

永井 はい。今作だけでなく、2巻、3巻と続きます。2025年の夏には、次作が出る予定ですから、楽しみにしていてください。

 個人的には古事記を基にした日本画風の絵を描いているところです。本になる予定は今のところないんですけど、いつか皆さんのもとに届けたいと思っています。子どもたちの中には、因幡の白兎の物語が古事記に書いてあることを知らない子もいるでしょう。私は和のものとか古典のものに無条件に惹かれるところがあるので、ぜひ古事記を知ってほしいなと思うんです。

――わかったさんとはテイストが全く違う、美しい絵ですね。

永井 わかったさんはどれだけ時間をかけて描いても1枚に4日間ほどですけど、このタッチでは1カ月ぐらいかかりますね。手描きで描いた輪郭線をMacに取り込んでフォトショップで陰影をつけて、さらに印刷したものに筆を入れています。こういう絵をじっくりと描いて、いつか本にできれば幸せです。

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永井郁子(ながい・いくこ)

1955年広島県⽣まれ。多摩美術⼤学で油画科を卒業後、アルバイトをしながら絵本作家を⽬指す。1986年に寺村輝夫から童話創作を学んだことを機にコンビを組み、「わかったさんのおかし」シリーズや「かいぞくポケット」シリーズ(ともにあかね書房)などの挿絵を⼿がける。著書に「おしゃれさんの茶道はじめて物語」シリーズ(淡交社)など多数。
永井郁子のホームページ http://www.nagai-ehon.com/

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2024.09.13(金)
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹