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 3年に一度開かれる現代アートの祭典、横浜トリエンナーレも今回今年で8回目。横浜は、歴史的建造物が立ち並び、個性が際立つ注目のギャラリーも数多く点在するなど芸術的な魅力を持っている港町です。トリエンナーレをきっかけに、横浜の街中にあふれるアートに少しだけ触れてみてはいかがでしょうか。

 初めてアートを観る人にぴったりな横浜の注目スポットとは? リニューアルした横浜美術館を中心としたトリエンナーレの会場と、身構えずに街歩きしながらアートを楽しめるスポットに分けて見どころをご紹介します。

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テーマは「野草:いま、ここで生きてる」

 第8回を迎える横浜トリエンナーレのテーマは、「野草:いま、ここで生きてる」。先行きの見えないこの時代を、野草のようにもろく無防備でありながら、同時にたくましく生きようとするひとりひとりの姿に目を向けます。北京を拠点に活動するリウ・ディン&キャロル・インホワ・ルーをアーティスティック・ディレクターとして迎え、魯迅が生きた時代から今日までの約100年間を射程とし、その間におきた歴史の転換点や重大な事件を、世界各地のアーティストの作品を通してふり返ります。

 「野草:いま、ここで生きてる」を全体テーマに、作品を7つの章立てで展示。横浜美術館・旧第一銀行横浜支店・BankART KAIKOにて「いま、ここで生きてる」「わたしの解放」「すべての河」「流れと岩」「鏡との対話」「密林の火」「苦悶(くもん)の象徴」の章の作品が並びます。

 建物の中に入らなくても、港近くの歴史的建造物や駅の通り道などに展示されているのも特徴の一つ。作品を通して、その先にきっとある希望を見つけ出していきましょう。

リニューアルした横浜美術館で注目すべきアーティストとは

 1989年に開館した横浜美術館は、みなとみらい21地区で最初に完成した施設として、今に至るまでみなとみらいの中心となっています。迫力のある石造りのシンメトリーな外観は、国際的な港町である横浜にふさわしい趣。

 約3年にわたり休館していた横浜美術館は、第8回横浜トリエンナーレの開幕とともに、2024年3⽉にリニューアルされました。横浜の街が育んできた歴史と、発展し続けるみなとみらい21地区の息吹を感じながら「みなとがひらく」というミュージアムメッセージを掲げ、あらゆる人を歓迎し、どんな人の居場所にもなる、そんなひらかれた美術館を目指します。

 そんなひらかれた美術館を象徴するのが、横浜美術館の無料で立ち寄れる大空間「グランドギャラリー」。ガラス張りの天井からは、やわらかな自然光がふりそそぎ、季節や時間によって表情を変えます。

 グランドギャラリーや階段を上がった有料エリアのギャラリー、外にあるギャラリー、外壁のアートなど横浜美術館でのトリエンナーレ会期中の見どころをご紹介します。

◆ピッパ・ガーナー@グランドギャラリー

 横浜美術館に入ってすぐ目につくのがピッパ・ガーナーの作品。トランスジェンダーであり、自らの性移行をアート・プロジェクトとして公開するなど、既成概念にとらわれない多様性のあり方を社会に問います。こちらは、肌の異なる男女のパーツが組み合わさっているのが特徴的。2階に行くと、兵士に扮したガーナー自身の写真が展示されています。

◆ヨアル・ナンゴ@グランドギャラリー

 グランドギャラリーにはキャンプをテーマにした作品が多く展示されています。遊牧民のキャンプ、難民キャンプなどさまざまなキャンプの姿に、今を生き抜くヒントが見つかるかも。

 北極圏に生活する遊牧民「サーミ族」の血をひくヨアル・ナンゴは、人と自然の新たな共生の在り方を示す作品で知られていて、ヴェネチア・ビエンナーレでも注目されたアーティストです。

 こちらは、神奈川県内でヨアル自らが採取した木や竹が使われています。移動しながらその場に必要なものだけを得て暮らす遊牧民の生き方に、私たちの暮らしぶりを振り返ってみては。

◆オープングループ@グランドギャラリー

 美術館内に響き渡るのは、ロシアのウクライナ侵攻に伴ってリヴィウの難民キャンプに逃れた人々が、武器の音を口で再現する声。「ウィーウィー」「ドゥドゥドゥドッドッドッ」などの大きくて不穏な音や、画面越しにこちらを真っすぐに見つめるウクライナ人の映像は、ウクライナの今を生々しく伝えています。

◆ルンギスワ・グンタ@ギャラリー8

 美術の広場に面したギャラリー8には、ルンギスワ・グンタの作品を展示。南アフリカにおいて植民地主義がもたらした不平等、不均衡を映し出す「風景」を作り上げてきました。こちらの作品は、人種隔離による暴力や領土の分断、抑圧等を思い起こさせる有刺鉄線を使ったインスタレーションです。

 ギザギザと絡まる有刺鉄線の周りの壁は明るいグリーン。複雑な社会状況の中でしなやかに生き抜くタフな姿を表現しています。

◆你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)@ギャラリー2

 台湾の新北市にある寮を再現したこちらの作品は、カラフルなベッドや衣装、段ボール工作が置かれていて他と違った雰囲気。こちらではベッドに腰を下ろしながらストライキを起こしたヴェトナム人女性たちの日常風景をビデオ・インスタレーションで観ることができます。暗くて狭いストライキ中の寮生活の中でも、絵を描いたり笑い合ったりする彼女たちの姿にたくましさを感じました。

◆SIDE CORE@横浜美術館の側壁

 横浜美術館の側壁にアートを施しているのは、3人組のアーティスト、SIDE CORE。屋外空間を使って作品を制作することで、アートを見るために訪れた人でなくてもアートに触れることができる機会を作り出しています。描く・消すといった行為に焦点を当てて会期中に作品が変わっていくのを楽しめるのが魅力的。

 トリエンナーレ会期中は、横浜美術館の他、旧第一銀行横浜支店やBankART KAIKOの外のエリアに作品を展示中なので、街歩きついでに鑑賞しやすいのもポイントです。

2024.05.03(金)
文=桐生奈奈子
写真=佐藤 亘