勘違いすらしてしまう、かけがえのない時間

 舞台での実感についてもう少し具体的に伺ってみましょう。

 種之助さんにとって忘れられないのは『双蝶々曲輪日記 角力場』という演目における、吉右衛門さん演じる関取の濡髪との場面だそうです。種之助さんの役は濡髪を贔屓にしている若旦那の与五郎でした。

「同じ床几(ベンチ式の腰掛)に座って、舞台でふたりきりになったのは初めての経験でした。おじさんが自分に向かって芝居しているという事実は単純に嬉しかったのですが、その反面うまくできない自分が悔しくて。だけどおじさんが濡髪そのものなので、自然に与五郎の気持ちになれるんです。そうすると何だか自分がうまくなったような気さえしてしまうんです。ものすごい勘違いなのですけれども。役を教わるということとはまた違った、舞台で同じ時空を共有して芝居をつくる、ということを味わった瞬間でした」(種之助さん)

 その舞台で濡髪と対峙する新人力士の放駒長吉を演じていたのが歌昇さんで、その貫禄の差がふたりの対比となって、この作品のひとつの見どころとなっています。

「面と向かった時にもうとんでもない、ものすごい山だと感じました」(歌昇さん)

 そしてもうひとつ、歌昇さんが挙げた演目が「新春浅草歌舞伎」でもまもなく上演する『傾城反魂香』です。

 吉右衛門さんが絵師の浮世又平を演じる舞台で歌昇さんは又平の弟弟子である修理之助を何度か勤めているのですが、緊迫した空気の中、又平と修理之助は無言で向き合う場面があります。

「そこでの又平の必死さ、おじさんの気迫は自分の中にずっと残っていて忘れられません」(歌昇さん)

 ふたりともそれがいかに「かけがえのない時間」だったかを改めて痛感している様子です。

『傾城反魂香』はディズニーのファンタジー!?

 主人公である又平は吃音というハンデを背負った人物で、絵の師である土佐将監の館に女房のおとくと共に訪れるところから上演される舞台の物語は始まります。

 そこからどんな展開となっていくのか、【後篇】ではそれはおふたりのコメントを交えながら「新春浅草歌舞伎」の舞台写真とともにお伝えしたいと思います。

 最後にこの作品の魅力について伺ってみたところ、歌昇さんから思いがけない言葉が飛び出しました。

「歌舞伎の古典作品ではあるのですが、夫婦愛が起こす奇跡という点ではディズニーのファンタジーに通じるようなものを感じています。そして新海誠監督が映画にしてくださったらどんなふうになるだろうとか、そんなことも考えてしまいます」

 果たしてそれはどういうことなのでしょう。そしてその思いは浅草での舞台にどのように結実するのでしょうか。

新春浅草歌舞伎

劇場 浅草公会堂
公演日程 2023年1月2日(月・休)~24日(火)
第一部 双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)引窓/男女道成寺(めおとどうじょうじ)
第二部 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の場/連獅子(れんじし)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/796