放課後の帰り道にカフェや洋服店に寄ることだったり、憧れの男子校の生徒とデートすることだったり。そんな淡くかけがえのない青春を送れないことへの不満があった。

 そんな風にプライベートでは息苦しさを感じていて、もうすぐ、自分の中で何かしらの限界が訪れるかもしれないという頃に、吉田拓郎さんのラジオ番組にゲストで呼ばれたのだ。それ以前に、彼には私の楽曲を書いてもらったこともあった。それを聴きながら、「良い曲だな」と素直に思った。ラジオ番組は吉田さんの進行で和やかに楽しく進んだ。

「吉田さんのおかげで楽しかったな」

 第一印象は、その程度だった。しかし、後日、彼は友人の南沙織ちゃんを通じて、私の電話番号を入手。突然、電話をかけてきた。

芸能界の壁を正面から突破してきた

 受けたのは、うちの母だ。吉田さんは、「吉田です」と堂々と名乗るものだから、母は他の吉田さんだと思ったらしい。もっと年配の、娘が仕事でお世話になっている“吉田先生”なのだと勘違いしていた。その時、三軒先にある友だちの家で遊んでいた私は、母に呼びもどされて、家に帰り、彼の電話に出た。

「浅田さん、もうすぐ誕生日では。みんなで祝おう」

 それは、誕生日の前夜のこと。

 みんな? 指定された場所に行くと、みんなはいなくて、彼ひとりだった。

 それが全ての始まりだった。閉塞感のある芸能界、厳しいマネージャーと両親の目をかい潜るのではなく、吉田さんは正面からその壁を突破してきてくれたのだ。

 恋に未熟で単純だった私は、それだけで胸がときめいていた。「何て男らしい人なんだろう!」と恋心に火がついてしまった。

 

 私よりも10歳年上の吉田さんは、いつも堂々としていて余裕があって、愛を表現することのみならず、全ての行動がストレートでエネルギッシュな人だった。そんな吉田さんは、私にとって頼もしく、一際、かっこよく感じられた。

 学生時代の淡い恋をのぞけば、大人の階段を登り始めてからの初めての恋だ。恋にも青春にも飢えていた私にとって、吉田さんから得られたときめきや刺激は新鮮であり、貴重なものでもあった。

2021.10.09(土)
文=文藝出版局