『窮鼠はチーズの夢を見る』で役者として更に躍進を遂げた大倉が、満を持して挑む“新たなダメ男”が『知ってるワイフ』の元春だ。アイドルのオーラを脱いだ代わりに生活感を身に纏った姿からは、知り合いの知り合いぐらいにいそうな既視感がある。パリッと爽やかにスーツを着こなす同僚役の松下洸平とも対照的で、どこか物憂げな雰囲気を感じる主人公だ。
悪い人間ではないが、決して良い夫とは言えない元春
さすがに幸男や恭一と比べると、元春はまともな人間だと思う。他人の生死に関わるような裏切りはしていないし、久しぶりに会った沙也佳に胸をときめかせつつも、女性関係はクリーンだ。
第1話では元春が黙ってゲーム機を買ったことが発端で、壮絶な夫婦喧嘩に発展するのだが、「コツコツ貯めた小遣いでゲームを買って何が悪いんだよ!」という主張は、第三者から見ると真っ当な言い分である。余談になるが、同クールで放送中のNHKドラマ『ドリームチーム』に登場するモラハラ夫(教え子にセクハラし、手料理には溢れんばかりの粉チーズをかける)と並べてみても、幾分かマシのように思えてしまう。
しかし、これまでの元春を見て“良い夫”……とは誰も評価しないだろう。悪い人間ではないが、決して良い夫とは言えない。むしろ世の既婚男性に共通する小さなダメ要素を結集させたような主人公だ。
ソクラテスの言葉を用いて、「悪い妻を持った俺は哲学者だ……」と自分に言い聞かせていた元春は、ワンオペ状態で育児に奮闘する澪の孤独に気づかない。それどころか、澪の母親が認知症になっていたことすら知らず、他人として澪と関わる二度目の人生で、ようやく自らの行いに矢印が向く。そんな元春の姿についイライラしてしまうのだが、画面を通り越して自分ごとのように考えてしまうのは、アイドル・大倉が“ダメ夫”役に馴染んでいる何よりの証しだ。
2021.02.11(木)
文=明日菜子