『鬼滅の刃』の切なさを掻き立てるもうひとつの特徴

 キャラクターを分析していくだけでも、十二分に語りがいがある『鬼滅の刃』。これまでに紹介してきた味方のキャラクターたちはみな壮絶な過去を抱えており、そのことが本作のドラマ面を奥深いものにしているが、注目したいのは鬼たちにも、それぞれに人間時代の過去や、信念があるということ。

 先ほど述べたように、鬼たちには人間だったときがあり、響凱であれば世に認められなかった文筆家、累であれば病弱な少年(自分が鬼となったことで、家族を殺してしまった過去を持つ。だからこそ疑似家族を形成しようとする姿が痛々しい)といった人としての時代があった。

 アニメ化前のため詳しくは言及しないが、飢えや差別、迫害によって鬼になる道を選んだ者もいる。

 彼らの「人だったころの話」がフラッシュバックとして、炭治郎たちに敗れた際に描かれるという演出も、『鬼滅の刃』の切なさを掻き立てる特徴。

 散っていく瞬間の走馬灯として蘇るため、もうどうすることもできず、悲劇的だ。さっきまで主人公を苦しめていた敵が、負けた際に同情を引くようなキャラクターへと変貌を遂げる――これもまた、本作の“異能”といえよう。

 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で煉獄さんと死闘を繰り広げる猗窩座は、強者への敬意と、確固たる信念を持つキャラクターとして描かれた。

 こういったポジションは少年漫画の華であるが、煉獄さんの常人離れした使命感に圧倒され、取り乱していく様子からは、戦闘力に見合わぬ“弱さ”をも感じさせ、人間くさい味付けがなされている。これもまた、『鬼滅の刃』ならではといえるのではないか。

 『鬼滅の刃』の魅力は大きく言えば「キャラクター」と「ドラマ」にあり、アニメ版においては「アクション」が大幅に強化され、爆発的な人気を呼び起こしたといえるが、ドラマを生み出すのも、アクションで輝くのも、吾峠氏が生み出した愛すべきキャラクターたちだ。

 敵も味方も関係なく、等しく弱さを持っている――。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』以降も、さらなる新キャラクターの登場や、既出のキャラクターの掘り下げなど、ファンを驚かせ、涙させる展開が多数待ち受けている。

 以降の物語の映像化に期待しつつ、これからも『鬼滅の刃』の魅力にどっぷりハマっていきたい

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』

配給:東宝・アニプレックス
全国映画館で絶賛公開中
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
https://kimetsu.com/anime/

SYO

映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、Fan's Voice、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。Twitter:@syocinema

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2020.11.01(日)
文=SYO