ネイルは、自分という女をコントロールする暗示の手段
21世紀に入って、にわかにネイルサロンが増え、ネイルアーティストに爪を作ってもらうという行為が瞬く間にひとつの常識になる。それは何を意味したか? 自分の爪を“プロ”とは言え、他人に磨かせる。しかも一体これ、どなた様の爪? と驚いてしまうくらいの手間がかかる装飾をこんもりとのせた、お姫さまみたいな爪にすることまでが当たり前になっていた。ずばり“自分大好き”の時代をそっくり物語っていたのだ。
そもそもネイルを塗っている時ほど、自分が女であることを思い知る瞬間もないし、激しく慌てている時ほど、ネイルを塗り始める人が少なくないのは、それだけ強力に心を落ち着かせる作用があるから。それを人にやってもらうわけで、まさに究極の“姫気分”。エステで施術を受けるのとはまったく違う、女性ホルモンごと女を高める行為となっていたはずなのだ。
ましてやネイルは、自分に暗示をかける最速の手段。それも自分の手もとはいつも視界に入っていて、だから爪の色や装飾が「あなたはこんな女です」ということを自らにのべつまくなし思い知らせていく。
ミルキーカラーの上品な爪は、女をしとやかにし、真っ黒の爪は行動からして大胆に神秘的にする。面白いほど爪色通りの女になるのだ。とすれば、プロのネイルアートが女をどんなに舞い上がらせたかわからない。もちろん、その“自惚れ効果”は美容上とてもいいこと。でもこの流れも、ついに沈静化。数年前から“自分ネイル”が復権を果たし、再び化粧品におけるネイルのジャンルが大きな盛り上がりを見せている。
新たな“自分ネイル”のブームにおいて、まず上品だけれど個性的なダル系のマットカラーが新しいトレンドとなったのは、女たちの進化を浮き彫りにした。何でもありのネイルアートの装飾を経て、一気にシックな爪に落ち着いたわけで、言ってみれば“自分好き”も“姫気分の自惚れ”も行くところまで行って、“ひと皮むけた”のだろう。
2016.08.05(金)
文=齋藤 薫
撮影=吉澤康夫