本当に深刻な問題というのは存在しない

会期中には、約40万人の人々が東京国際フォーラムとその近隣のコンサートエリアを訪れる。(C)teamMiura

 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの開催中、メイン会場である東京国際フォーラムでは、色々な場所でルネ・マルタンを見つけることができる。

 アーティストと一緒だったり、スタッフと一緒だったりするマルタンに声をかければ、素晴らしい微笑みを返してくれるし、コンサートの感想を伝えれば大喜びしてくれる。

 音楽祭のディレクターとして膨大なストレスを抱えているのでは……という勝手な想像は消え、彼が心からこの「祭り」を楽しんでいることがわかる瞬間だ。

 「音楽祭をやるにあたって、本当に深刻な問題はありえないんです。必ず解決策はあります。全身と頭を使って考えれば、答えは見つけられる。ひとつひとつ、目の前にあることに集中して取り組むようにしています。

 スポーツ選手のように、一歩引いたところで全体を観察して解決策を見つけることは、誰にも備わっている能力だと思います。

 そして私のチームのメンバーにストレスを与えないことが大事。ストレスは、お互いに与えあっていいことはありません。時間の無駄でしかない。それだと絶対に答えは見つからないし、一歩引いたところから物事を観察することが大事なんです」

ナントのメインホールの外壁には、夜になるとプロジェクション・マッピングを投影。(C)Marc Roger

 日本では4都市、世界中でも開催されているラ・フォル・ジュルネの隆盛は、マルタンのメンタル・パワーの象徴なのかも知れない。営利目的を超えた、湧き上がるような情熱が漲っている。国際人としてのマルタンの、研ぎ澄まされた感性にも驚かされる。

 「まずはその国を観察するところから始めます。その国に自分の根っこに通じるものがあると感じたり、そこに住んでいる人たちが身近な存在に思えたら、『あっ、一緒に仕事をしたい』と思います。

 日本はとても身近に感じられる国ですし、動き方や発想に私と似たものを感じます。調和を大切にする感覚や、美しいものを常に追い求めている感覚が、私とそっくりなんです。驚かされるのは日本の伝統的な造形美術の美で、あのイマジネーションはどこからくるのか……本当に素晴らしいと思う。

 アメリカは契約書がなければ物事が決定できない構造ですが、日本は『言葉をどれだけ信頼するか』という社会で、お互いが信じられれば物事がうまくいくんです。鍵を見つけるのが難しくて模索するところもありますが、共に働くという点でこれほど素晴らしい国はないと思っています」

2016.04.26(火)
文=小田島久恵
撮影=釜谷洋史