橋本淳に指導され、筒美京平に慰められ…

ジュディ そうおっしゃってくださるとうれしいですね。筒美先生の盟友の作詞家が橋本淳先生ですが、橋本先生もまた、録音現場に立ち合うんですよ。

近田 作詞家が立ち合うのって、また珍しいですよね。

ジュディ 橋本先生には、ものすごくきつく指導されました。橋本・筒美コンビによる1969年の「ブラック・パール」は、20歳になる女の子についての楽曲なんですが、橋本先生は、「ちっとも20歳に聴こえないよ!」とか「男の子を好きな気持ちが伝わってこないよ!」とか言って叱るんです。でも、どうすればいいのか分からない。すっかり縮こまっていたら、筒美先生がスタジオに入ってきて、「大丈夫だからね」って慰めてくれました。

近田 同じようなエピソードを、平山みきさんからも聞いたことがあります(笑)。

ジュディ 「涙のドレス」の時も、橋本先生から「これはいい曲だから、ジュディ、ちゃんと歌いなさい」と言われたんだけど、何がちゃんとなのか分からない(笑)。でも、「夜のヒットスタジオ」でその曲を歌った時は、その後で橋本先生が電話をくださって、「よかったよ」とおっしゃってくれました。観てらっしゃるんですね。

近田 とにかく、ちゃんと歌えたってことですね(笑)。その橋本淳さんも、6年前にこの世を去った京平さんに続き、今年の5月に亡くなりました。

ジュディ 久しぶりにお会いしたいなと考えていたんですが、この3年ほど、私は多忙な状況が続き、その機会を逃してしまったことを残念に思っています。

近田 京平さんの作品といえば、後年は、ほとんどの場合、曲を先に作ってそのメロディーに後から詞をのせる「曲先(きょくせん)」という流れがもっぱらとなりますが、「魅せられて」の場合は、阿木燿子さんの詞が先の「詞先(しせん)」だったそうですね。

ジュディ はい。あの曲は、ヒットメーカーとして知られるCBS・ソニーの酒井政利さんがプロデューサーを務めたんですが、阿木さんと私を組み合わせた背景の一つには、二人の顔が似ているという理由があったらしいです(笑)。

近田 確かに、言われてみれば、すごく似てますよね。

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