ミュージシャンのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて交遊を繰り広げてきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズが、「おんな友達との会話」。
9人目のゲストは、歌手、俳優、そして版画家としても活躍するジュディ・オングさん。2026年10月15日(木)には、歌手生活60周年のアニバーサリーとして東京国際フォーラム ホールAでコンサート「Diva60 The Legend of Judy Ongg」を開催する彼女の長いキャリアとディープなルーツに迫る。
生放送だったドラマ「三太物語」
近田 僕がジュディ・オングさんを知ったのは、フジテレビで放送されていたドラマ「三太物語」なんですよ。放送開始は1961年だから、自分は10歳でした。
ジュディ 私は11歳でした。あの作品は、田舎の山村に暮らす子どもたちの素朴な暮らしを描いた物語でしたね。主役の三太を演じたのは、渡辺篤史さんでした。
近田 いろんな建物を探訪し始めるずっと前のことですね(笑)。子ども心に、花荻先生に扮した中西杏子さんがとても綺麗だと思ったことを覚えています。
ジュディ 花荻先生は、現場でも大人気で、子役のみんなに慕われていましたね。あのドラマ、生放送だったんですよ。
近田 そうだったんですか?
ジュディ ええ。今じゃとても考えられないですけど、ビデオテープがまだ非常に高価だったから、録画して放送するのは難しかったんですよね。
近田 じゃあ、かなりいろいろな苦労があったでしょうね。
ジュディ 例えば、シーンが改まって3日後の設定になると、それを表現するために衣装が変わっていないといけない。スタジオの中を、走りながら脱いで、走りながら着ていました。
近田 見えないところで大変なことが行われてたんですね(笑)。
ジュディ だから、着替えが間に合わないとなると、先にその場面に出ている役者が、ちょっと小道具をいじって片づける振りなんかをしながら、間を持たせる。
近田 そんなスリリングなこと、毎週やってたとは恐れ入ります。
ジュディ 授業のシーンで、30秒ぐらいオーバーしちゃったとするじゃないですか。すると、ディレクターが飛び降りてきて、コマーシャルが流れる3分の間に、台本のここからここまでをカットするって子役たちに指示するんですよ。
近田 すごい!
ジュディ 特に、左卜全さんの出番になると、台詞を消化するのがゆっくりになって、時間をロスしてしまう。
近田 老優の左卜全さんは、その後、1970年に「老人と子供のポルカ」で歌手デビューを果たします。劇団ひまわりの子どもたちをバックコーラスに従えたこの曲は、売上40万枚の大ヒットを記録しましたね。
ジュディ 懐かしいですねえ(笑)。
近田 しかし、いとけない子どもたちは、ディレクターのそんな無茶振りに対応できるんですか。
ジュディ 台本がしっかり頭に入ってるから、何とかなっちゃうんですよ。そもそも、そういう事態を見越して、台本が効率的に構成されているんですよね。
近田 昔の子役は偉かったんですねえ。プロフェッショナル根性がある。
