標高差1,800mの難所を越えて。マセラティと旅をする豊かさ

 時々、湖岸に立てられた三角旗には、「七千万年的等待只為遇見你(七千万年をひたすらあなたに会うために待ち続けた)」という、キャッチコピーが記されている。そのロマンティックさも相まって、どこをどう切り取ってもできすぎた絵画のように美しい、それがサイラム湖の罪作りなところでもある。

 訪れた日は日曜日ということもあって、周囲約90kmの湖岸沿いの道はなかなかの渋滞だった。「折角の自然環境が……」と気になるところだが、湖岸からは数百mの距離があるし、そもそもサイラム湖の東100km、ここに至るまで高速道路で通過してきた辺りには、艾比湖(エビ湖)という別の湖がある。海抜189mでジュンガル盆地の最底部といわれるエビ湖は、渡り鳥の名所として一般アクセスが不可能な自然保護区に指定されている。対してサイラム湖では、周囲の山々の斜面はスキーやスノーボードのゲレンデにもなっていて、いわば観光開発と自然保護にふり分けるほど、手つかずの土地があるという話なのだ。

 もうひとつ注目すべきは、エビ湖辺りからサイラム湖へは、標高差が1800m以上あることだ。後者の南岸、小高い場所には現代のシルクロード、G30が通っているが、緩やかな登り坂が延々と続く道は、フル積載のトラックや非力な乗用車には今日でも険しい難所。危なっかしく積まれた荷物を揺らしながら、それらが喘ぐようにゆっくり通り過ぎる光景は、昔日のシルクロードの行商の列も、さもありなんと思わせる。

 SUVからクーペ、カブリオレまで、全車種が「GT(グランド・ツアラー)」であるマセラティの真骨頂も、まさしくこの辺りにある。まだ旅行が冒険と同義だった時代、自動車が普及して早々にGTと呼ばれるジャンルは確立された。イタリア流の力強い走りと快適な室内に身を委ねたまま、長い旅を平穏にこなせ、無事に帰って来られること。移動の豊かさこそが贅沢であり、モビリティや移動ツールとして根源的な価値であることを、マセラティのGTは昔も今も、静かに語りかけてくる。

 帰り際、カザフ族が多く住むイーニンの街で、母子とおぼしき3人乗りのスクーターの上で、子ども二人が本を読み続けている器用さに、ちょっと驚いた。自ら運転して走る移動が、日々つねに冒険であることを、思い出させてくれたシルクロードの旅だった。

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