毛髪診断士・ヘアスタイリストとして、モード誌や広告で活躍するshucoさん。華やかな世界の裏で実に30年以上も脱毛症に悩んできたそうです。「誰にも言えない髪の悩み」を抱えている人がひとりで苦しまなくても済むように……そんな思いから生まれた、shucoさんが見つけた心と髪を健やかに保つための「手がかり」をまとめた一冊『わからない、髪のこと』(芸術出版社刊)が発売に。

 同書より、同じく脱毛症に悩む、宝島社『otonaMUSE』編集長の渡辺佳代子さんとのウィッグについての対談を一部抜粋して紹介します。

» 後篇<サッと頭に乗せてなじませるだけ! 一日だけ「前髪あり」にしたり、目立ってきた白髪を手軽に隠せたり…“部分ウィッグ”が気になる!>を読む


かつてはあやしい存在だった

shuco 私は子どもの頃に脱毛症になって、10代から20代前半までは後ろの毛の下部分がほとんどなかったんです。

渡辺 後ろの毛がなくなってしまうケース多いよね。

shuco そうなんです。全然生えてこなくて。だから人生の半分ぐらいは後ろの下半分がない状態。ひどいときには、後ろの上部分もなくなって。でもフルウィッグは着けなかったんです。上半分だけのウィッグを着けて、下のちょっと残っている毛と馴染ませていました。あの頃は今みたいにインターネットも発達していなかったので、ウィッグの情報といえば両親が持ってくるパンフレットやよくわからないウェブサイトしかなくて……。

渡辺 うん、すごく高額なイメージもあるし。

shuco そうなんです! だからターバンをしたりして、なるべくウィッグに頼らない工夫をしていました。でも一方で、そのあやしげなパンフレットのものをいつか自分も使わなければならいのかと思うと、本当に嫌でしたね。そういうこともあって、あの頃の私と同じ気持ちでいる若い子たちに、「こういうことができるよ」って言いたかったんです。

(中略)

個人の考え

渡辺 私がここでお伝えすることは、同じような悩みを持っている人と「気持ちをシェアしたい」とか「アドバイスをしてあげたい」とか、そういうことではありません。まだ自分の中で解決できていない問題で、今は「どうやり過ごすか」だけを考えている状態なんです。まずは、髪が抜けはじめたときのお話からしていきますね。

shuco よろしくお願いします。

渡辺 多分原因はストレスだと思うんです。たくさん抜ける前から少しだけ抜けることはあったけれど、ほんとにちょっとずつだったので全然気がつかなくて。「なんだこれ!?」って思ったのは『オトナミューズ』の創刊の時期です。

shuco えっ、そうなんですか。

渡辺 『sweet』の編集長をやりながら『オトナミューズ』の創刊の準備もやってて。会社から「両方やって」と言われたわけではなく、私がどっちを辞めていいのかわからなくてつづけていました。それに忙しくて大変だったけど、寝込むなんてことは一切なくて。だから、きっといろんなこと全部が髪に出たんですよね。それで治したいなと思って、病院に行ってステロイドを打ったりしていました。でも病院で言われたのが、「原因を取り除かないと、根本的には良くならない」と。だけど仕事を辞めるわけにはいかないし、生活を変えなきゃいけないと言われた時点で、「もう治療は嫌だ!」って思って。だって頭に注射打つんですよ。すっごく痛いの。

shuco あれ痛いですよね。

渡辺 そう、それが嫌すぎてもう治療はやめようって。私は髪が抜けたことを別に隠していなかったので、いろんな人が漢方やオーガニックなものとかを勧めてくれて試してもきました。だけど基本は全く治らなくて。何が一番嫌だったかって、ウィッグを外したとき、まだらな髪の状態の自分を見るのがすっごく嫌で。

shuco わかります。

渡辺 だからもう全部剃っちゃおうと思って。自分の美醜の基準でいうと、そっちの姿の方がきれいに感じたんです。とはいえ、『セックス・アンド・ザ・シティ』のサマンサみたいに、人の前でバーンとウィッグを取って「私はこれで生きていく」みたいな気は1ミリもないですよ。あくまでも自分が好きなのは、髪の毛がある状態の女性像なわけで。だけど、一方で私の中の美人像っていうのが、三蔵法師役をやっていたときの夏目雅子さんなんです。

shuco きれいですよね。

渡辺  ツヤのある黒髪の人が素敵だなっていうのと同じで、いろんな「きれい」のバージョンの中に、坊主頭の人って素敵だなという記憶が、幸いにしてあったんです。自分を鏡で見たりお風呂に入ったりするときは、どうしても自分の姿を見ることになっちゃうけど、あんまり嫌じゃないんですよね。だから、頑張って治したいとは思わない。それはそれでいいやと思ってるんです。

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