時々胸苦しさを覚えるようになった八雲
そもそも八雲は丈夫な方で、医者の診察を受けたり、薬をのむことが大嫌いでした。しかし新学期が始まり、9月半ばを過ぎる頃、八雲は時々胸苦しさを覚えることがありました。こうなると医者の世話にならざるを得ません。やはり心臓の状態がかなり悪化していたのです。
19日午後3時頃、また発作が起きました。セツが書斎に行くと、胸に手をあてて静かにあちこち歩いていました。そして、静かに語りました。
『思ひ出の記』によると、
〈この痛みも、もう大きいの、参りますならば、たぶん私、死にましょう。そのあとで、私死にますとも、泣く、決していけません。小さい瓶買いましょう。三銭あるいは四銭位のです。私の骨入れるのために。そして田舎の淋しい小寺に埋めて下さい〉
淡々とこう続けるのです。
〈悲しむ、私喜ぶないです。あなた、子供とカルタして遊んで下さい。いかに私それを喜ぶ。私死にましたの知らせ、要りません。もし人がたずねましたならば、はああれは先頃なくなりました。それでよいです〉
セツは「そのような哀れな話して下さるな」と返しましたが、八雲は「これは冗談でないです。心からの話。真面目の事です」と力をこめて言うのです。すると数分後、不思議と痛みがひきました。
この頃にはもう覚悟を決めていたのでしょう。
