実家で再会すると、最初は警戒してソファの裏に隠れてしまうが、しばらくすると思い出したように膝の上に乗ってくる。
「実は僕、猫アレルギーがあって、実家に帰るとくしゃみが止まらなくなるんですけど、それでも平気で一緒に寝ちゃいます。好きが勝っちゃう(笑)」
家族の仲も深く、猫たちの誕生日には1年分の写真を家族で選び、カレンダーを作るのが恒例行事だ。
「両親と妹で“この写真がいい!”って投票して決めるんです。家族でそうやって何かを作る時間も、猫がくれた宝物のひとつですね」
その穏やかな話し方からは想像できないが、子どもの頃は“毎日母親に怒られていた”ほどのやんちゃ少年だったという。
「年上の男の子たちにくっついて、暗くなるまで外で遊んでましたね。危ないこともいっぱいして(笑)。今思えば心配かけました」
名前を呼ばれなかったときも、悔しさより感謝の気持ちが大きかった
そんな彼が音楽の道を志したのは高校1年生の時。きっかけは、母親と一緒に行ったAAAのライブだった。メンバー同士の仲の良さが伝わるパフォーマンスに衝撃を受け、「音楽を学びたい」と母に頭を下げた。そこから専門学校を経て、韓国や中国へ単身渡り、過酷なオーディションの日々に身を投じていく。
「中国にいた時は、言語も通じないし、重圧で押し潰されそうでした。でも、そういう経験があったからこそ、周りの目を気にせず、自分がやりたいことを貫く強さが持てるようになったのかもしれません」
「待つこと」を知る彼は、自身のキャリアにおいても大きな花を咲かせつつある。転機となったオーディション企画『timelesz project』では、最終審査まで残り、その実力と人間性を多くの視聴者に印象づけた。
「それまでのオーディションは“ライバルに勝たなきゃ”って意識が強かったけど、あの時は“みんなで戦ってる”感覚だった。最後に名前を呼ばれなかったときも、悔しさより感謝の気持ちのほうが大きかった」
