「田畑麦彦を覚えてる?」と聞いたら…

響子 だけど時々、面白いんですよ。この前は私に、「じいさん、ばあさんが寝てるんだよ。だから私が『起きろー』って言ったら、みんな飛び起きた。そういう時は声が出るもんだね」って言っていて。

桃子 っていう夢を見てたんだよね。ていうかなんで起こすんだよ……。どこで?

響子 施設だと思う。白日夢で施設に行って、現実とごっちゃになっていて。とにかくじいさん、ばあさんに号令かけてるんだよ。

桃子 入居者のみなさんに。

響子 良いケアマネジャーさんに出会えたこともあり、2024年の秋に近くの介護施設に入ってもらったんです。

桃子 施設に行くまでが本当に大変でした。デイサービスでさえ、行きたくない自分に都合のいい話をつくって、「行かない」にもっていってましたから。

響子 まだ家にいる時に、自分がどこにいるのかわからなくなった母が、ここはどこかと聞くから「三番抵当まで入ったのを、あなたが守った家ですよ」と答えて「田畑麦彦を憶えてる?」と聞いたんです。「『すまない、会社潰れた』でおなじみの」って。そうしたら母がキョトンとしていて。

 事業に失敗した時の父の台詞として母が何度も書いているので、反射的に口をついて出たんですね。次の瞬間、「おなじみの」はないなって自分で吹き出してしまったけれど、母はキョトンとしていた。少し前の母なら「『おなじみの』はよかったね」って笑うはずだから、寂しかったですよ。ああ、私は一人ぼっちになっていくなっていう寂寥感でしたね。

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ぼけていく私

定価 1,430円(税込)
文藝春秋
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