妻の浮気を疑っている無職の夫が、妻が仕事の飲み会から帰ってくるのを悶々としながら部屋で待っているんですよ。酔っ払って帰ってきた妻が着替えもせずにバタンと寝てしまうんですけど、夫が寝ている彼女の体や下着を調べるっていう話です。

 

――それ、奥さんに読んでもらったのですか?

足立 はい。「すごく瑞々しい」という感想をもらいました。それを聞いたとき、ちょっと意味がわからなかったですね。奥さん、もしかしたら少しバカなのかなって(笑)。

 というのも、その小説には俺が妻に対して抱く、いろいろな負の部分も思いっきり入れ込んでいたんです。他の女性に目移りする感じも正直に書いて。だから「これを読ませたら離婚されるかもしれない……」って覚悟しながら読んでもらったんですけど、まさか「瑞々しい」なんて反応が返ってくるとは夢にも思わなかったですね。そこから妻の見識眼をちょっと疑うようになったんですけど(笑)、でも妻の評価が良かったので、某新人賞に出しましたけど1次審査すら通らなかったですね。

小説よりも私小説のほうが面白い

――『乳房に蚊』を書いたことで、小説家に転身しようとは。

足立 それはまったくなかったです。僕が書いてる小説なんて、本物の小説家の方からしたら「ケッ」てなもんだと思います。やっぱり映画を作りたいという思いのほうが強くありますし。でも、依頼があればまた書きたいです。

――足立さんの小説は、実体験がベースのものがほとんどですが、完全なフィクションを書こうと思ったことはないですか。

足立 全篇フィクションも書いているけど、自分が読者になったときは実体験的なもののほうが面白く読めるんですよね。私小説のほうが面白いなって。西村賢太さんとか車谷長吉さんとかが好きです。

 そうなったのは、そういう脚本ばかり書いてるからなのもありますね。それで「こいつ、半径5メートルのことばっかり書きやがって」みたいなことをよく言われるので、その反動で小説も実体験ベースのものを書いてしまう。

2023.12.16(土)
文=平田裕介