何かを「推す」ことについての物語

──今回の『あの夜であえたら』では、その参加型・双方向の面がさらに進化するわけですね。観客が「架空のラジオイベント参加者」として、役割を演じることになる。

 今作の監修でもある佐久間宣行さんの横浜アリーナのイベント(「佐久間宣行のオールナイトニッポン0 presents ドリームエンターテインメントライブ in 横浜アリーナ」)を観に行ったら、番組で生まれたノリが具現化された「チュロスペンライト」というグッズがアリーナを満たす光になっている。同じ空気感を共有するってすごいな、と改めて思いました。

 ふだんの放送を毎週聴いている人たちが集まっているから、ほんのちょっとしたことでも「あのノリになるんだろうな」という感じでみんなが笑ったりする。次がこれだろうとわかるからうれしい感覚。それは、新作の演劇にはないことで。だから今作でも、観客の皆さんに画の一部を作るという役割でも参加していただきたいなと思っています。

──物語の中で「ノリ」を共有する身内感や、何か、誰かを「推す」感覚が表現されるのはとても今っぽいですね。

 今、あらゆるファンダムがライト化している気がして。そもそも、「推し」という言葉自体がやや軽いですよね。マニアとかオタクはある程度詳しくなくてはいけない、名乗るのに条件が必要そうに見えますけど、推しという言葉が生まれたことで「好きという気持ちがあればいい」という感覚になったと思うんです。

 一方で、それまでならファンだけが楽しんでいた深夜ラジオの内容がネットニュース化されて聞いていない人にまで広まることもある。間口が広がったことによって閉塞感が生まれるという状況もある気がするんです。そんな話を製作総指揮の石井さん、監修の佐久間さんと何度も話して、台本を作っていきました。

 佐久間さんは根っからのラジオリスナーでもあり、エンターテイメントを作る人でもあり、パーソナリティでもあるという三位一体を体現する唯一の存在なので、「じゃあ番組が終わるという話にしたら?」という大きな提案をくれたんですよ。そこで、ある新人パーソナリティの番組が終わる。好きなものが続くための応援ってなんだろう? 金銭的に支援することなのか、イベントに集うことなのか……、という物語になりました。

ずらしたことで見えてきた演劇の本質

──小御門さんが率いるノーミーツはコロナ禍以降、今だからこそできる表現を重ねてきた印象があります。それを「演劇」と呼んできたことも、大きなポイントだったのではないかと思います。小御門さんは演劇をどう見ているのか、劇作家、演出家としてこの先どうなることを目指しているのか、教えてもらえますか。

 小さな頃から物語を編める人に憧れと畏怖の念を持っていて、人生の目的としては「普遍的な作品を作れるようになりたい」というのがあります。で、大学で演劇というものと出会いまして。ナマモノだから、どうしても公演前にはバタバタする。毎ステージうまくいくかわからないハラハラ感がある。そこに思いがけずハマったんです。

 その後、ノーミーツという形で、いわゆる「純然たる演劇ではないもの」をやるようになるわけですけど。いちばん最初にZOOM生配信の『門外不出モラトリアム』をやったとき、「あと30分で配信ページがオープンします。お客さんがページに入ってきてキャストのマイクがオンになっていたら聞こえちゃうのでオフにしてください。では30分後、よろしくお願いします!」という話をZOOM越しにしたんですね。そのときに……、客観的に観たら部屋で一人きり、画面に向かってしゃべってるだけなんですけど、気持ちとしては劇場で円陣組んで「じゃあみんな舞台袖行っておいで」と送り出したときの感じと一緒だったんです。作品本編も、みんなで大玉を転がしていくような、協力してやっていく感覚があって。

──演劇をやった、という感覚があった?

 あれを演劇と呼ぶことには、もちろんすごく物議があると思います。「場所性の一致」と「時間の一致」という2つが演劇の条件だとしたら、この作品に「場所の一致」は完全にない。でも僕と、キャストと、観てくれた人たちは、一緒の場所に集まったような錯覚を起こしていたんです。

 そこで、「もしかして、演劇においては場所の一致よりも時間の一致の方が大事なのかもしれないな」と思ったんですよ。こうやってちょっとずれたことをやったからこそ、中心にある“純然たる演劇”はこうなんじゃないか、という捉え直しができる感じがあったんです。

──演劇と呼べるかわからないものを経験して、演劇を見つめ直したわけですね。

 僕、10年くらい演劇をやってきて、もちろん演劇にリスペクトがあるんです。だから「演劇をアップデートしようとしている集団」みたいな感じで認識されると、「いや、別にこれまでの演劇を古いからと否定しているわけじゃないんです」というか。観たことない表現形態のものをやりたいという気持ちももちろんありますけど、少しずらしたらどうなるんだろう、ずらしたものとこれまでのものを比べて「演劇ってこうなんだよね」ということをやりたいのであって、別に「演劇そのものを新しくしていこうぜ!」みたいな気持ちはないんですよ、という思いでやっています。

2023.10.12(木)
文=釣木文恵
撮影=榎本麻美