起死回生のチャンス!? 訪れる奇跡の瞬間……

 さて、願いがかなわないと知った又平に起死回生のチャンスが訪れそうになるのは、突如! 現れる狩野雅楽之助によってある事件が告げられた時。けれど状況は変わることはありません。

 又平は死を決意し、それを悟ったおとくは又平にあることを勧めます。それは手水鉢を石塔に見立ててそこに自身の肖像画を描くこと。遺作が完成した後はおとくも共に自害する覚悟です。

「夫のために尽くして尽くして……、最後は一緒に死のうとまで思う。すべてを超越した愛だと思います」(歌昇さん)

 渾身の力を振り絞って最後の大仕事にとりかかる又平、そしてそれを見守るおとく。場内が静まり返る緊張の場面です。すると、手水鉢にゆっくりとある変化が……。

 これこそが歌昇さんの語る「ディズニーのファンタジーに通じる奇跡」なのです。純粋な心を持つ主人公が困難に見舞われながらもひたむきに物事に取り組み、あわやその人生を全うしそうになった時に不思議な現象が起こって形勢逆転! という流れは確かにそういえるのではないでしょうか。

 そしてこの奇跡の瞬間を目の当たりにできるのは又平でもおとくでもなく、客席にいる私たちなのです。

 起こった現象に気づかずにいるふたりにヤキモキしたり、事実を知っておどろく姿にほっこりした気分を味わったりしていると、奥から将監が姿を現しついに朗報がもたらされます。こうなったらハッピーエンドに向かってまっしぐら!

 失意のどん底で歩いて来た花道を、今度は幸せの絶頂で引き上げていく夫婦に観客の表情がほころびます。

「ずっと自分のことでいっぱいだった又平がおとくへの愛情を示すことができる場面です。いろいろなやり方があって双蝶会の時はふたりとも本舞台にいる状態で幕となったのですが、今回は花道の引っ込みをつけてやらせていただいています」(歌昇さん)

 ご兄弟自ら主宰し取り組んだ双蝶会での実績が認められ、本公演での第一歩となった「新春浅草歌舞伎」での『傾城反魂香』。

 歌昇さんも種之助さんも一生をかけて追求していく演目のひとつになるであろうことは間違いありません。その記念すべきスタートとなる舞台だけにぜひ見届けていただきたいと思います。

 この公演では第2部の次の演目である『連獅子』にもふたりそろって出演して愉快な場面で楽しませてくれています。

 このようにひとつの公演で違う演目のまったくタイプの異なる役を演じる姿を楽しめることがあるのも歌舞伎の特色。浅草という親しみやすい土地柄やコスパ、タイムパフォーマンス含めて、歌舞伎観客デビューにお勧めしたい公演のひとつです。

新春浅草歌舞伎

劇場 浅草公会堂
公演日程 2023年1月2日(月・休)~24日(火) ※19日休演
第一部 双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)引窓/男女道成寺(めおとどうじょうじ)
第二部 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の場/連獅子(れんじし)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/796