かなり長いあとがき

 先にも書いたが、『ほいきた、トシヨリ生活』の冒頭には、中野さんがカッコイイと思う先輩たちのことが書かれている。その中のひとりが、俳優の天本英世。何度か実際に見かけられていて、「存在自体が、難解でカッコイイ詩みたいな感じ」なんて表現される。その生き方を「孤独というより孤高」と評された。うーん、まさに言い得て妙。私は会うなり、聞いてみた。

 「天本さんのことを書かれていましたけど、孤独と孤高を分けるものって、何だと思われますか」と。孤独じゃなくて孤高に生きる上で大切なこと、心構えみたいなものを、中野 翠さんはどうとらえるのだろう。知りたかった。

 ところが中野さん、「あの顔じゃない?」と即答。

「かっ、顔ですか?」

「そう、あの顔よー。顔に説得力があるでしょう、天本さんは」

 あのルックスだからこそ好き勝手に生きても似合うのよね、孤高になっちゃうのよね、的なことを仰って、ケラケラと笑われる。

 ああ……このノリ、このノリですよ。

 中野さんの書くものを長年愛読してきたのだけれど、ものの見方の深さとオリジナリティあふれる鋭い意見、そして絶妙な軽さとユーモア、そのミックスこそが中野さん的なものと私は思っている。

 なんかこう……「顔じゃない?」という一言には、中野さん的なものが濃縮されているようで、ちょっと感動してしまったのだった。

 『ほいきた、トシヨリ生活』を読んで、私は少なからず動揺した。

 中野さんが「『心にかかる雲も無し』といった気分で、人生の最期を迎えたいのだ」なんて書かれていたから。ちょ、ちょっと待ってよ。中野さん、もうそんな心境にいるわけ? 「だんだんと、ゆっくりと、フェイドアウト」が理想なんてことも書かれていて、途端に寂寥感。焦燥感。いやいや、「最期」なんて言葉まだ早いでしょう。

 お会いできてよかった。中野さんはまだまだ「トシヨリ」なんかではなかった。年齢的にはそりゃそうかもしれないけれど、老いの気弱さやブレなどとは無縁であることを確認できた。うれしかった。

 深い思考と(いい意味での)軽薄さと、シャレのめすような気持ち。その3つをバランス良く持ち続けることが、すこやかな「トシヨリ生活」を迎える上で大事なんだろうなと強く感じた、中野 翠拝謁タイムでありました。

中野 翠

1946年生まれ。コラムニスト、エッセイスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、出版社勤務などを経て文筆業に。著書多数、近著に『まさかの日々』(毎日新聞出版)『コラムニストになりたかった』(新潮社)など。


聞き手:白央篤司

フードライター。「暮らしと食」をメインに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)など。34年前に中野 翠さんのコラム集『迷走熱』を読んで衝撃を受け、以来熱心な読者に。今回のインタビューは気分的に「拝謁」に近かったと語る。

ほいきた、トシヨリ生活 (文春文庫 な 27-15)

定価 781円(税込)
発売日 2022年01月04日
文春文庫
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2022.03.15(火)
文=白央篤司
撮影=平松市聖