「きっと、幻聴だ」
「なあに、それ。まだ数日しか経っていないのに、ずいぶん神経質になっちゃって」
翌日のお昼。見舞いに来た妻に夜中の物音のことを話すと、軽くあしらわれてしまいました。
「大丈夫よ。病気の方だって快方に向かっているって先生が言っていたのだし、もう少しの辛抱よ」
「まあ、そうだといいんだけどさ……」
「じゃあ、また2日後に来るから、必要なものがあったらスマホでメッセージ送ってね。送り方はもうわかるでしょ?」
「わかってるよ。ありがとうな」
Aさんは物音に過剰に反応していた自分が少し間抜けに思えたそうです。
病室から消えていく妻の背中を見つめながら、自分は毎日のように周りに気を張って生きてきたのかもしれない、そんな思いが去来しました。
小さい頃から周りの目を気にしながら過ごし、今の仕事に就いてからも、後輩たちが嫌な思いをしないように常に自分を見つめ直しながら、有害なおじさんとレッテルを貼られないように努力を重ねてきました。
「目端が効くことは、自分としては利点と思ってきたんだがなぁ」
孤独な病室があっという間に夜の闇に包まれてからも、そんな思いが心の中に漂い続けていたそうです。
『肩こりがひどすぎて痛みに気がつかないんですよ』
入院前に行ったマッサージ屋で、そんな風に言われていたっけ……。
「きっと、幻聴だ」
小さく笑みをこぼし、仰向けに寝直したとき――。
カリッ…………。
ベッドの下から、また小さな音が響きました。
» (後篇に続く)
