うまくいかないことも短歌にすれば前向きになれる
よくいわれることですが、育児に正解はありません。人類の誕生以来、子育てはずっと行われていて、悩んだり、戸惑ったりすることを延々と繰り返してきたわけです。
だけど当然ながら、個々にとってはどの育児体験も「生まれて初めて」ですから、誰もが同じようなできごとに喜んだり、驚いたり、困惑したりしているはず。
育児短歌が共感を呼ぶ理由はまさにそこで、嬉しいことも、大変なことも、トホホなことも、人の短歌を読むことで、自分のことのように「そうそう!」と共感できるのです。
しかも育児短歌は、ちょっとネガティブなことも視点を変えてポジティブに変換できるよさがあります。
「きらい」とか「すきくない」とか「にがて」とかピーマンが子の語彙を増やせり
――『オレがマリオ』
これは、ピーマンが嫌いだった子どもについて詠んだ一首です。こちらは細かく刻んだり、味付けを工夫したりして、なんとかピーマンを食べさせようとするのに、子どもは子どもでそれをなんとか回避しようと、いろんな言い方を繰り出してくる。ピーマンを食べてくれない残念な状況ではあるのだけど、おかげで子どもの言葉が増えたと思うと、前向きに捉えられますよね。
もし、子どもがとんでもないイタズラや失敗をしたときも、「短歌のいいネタができたから、プラマイゼロ!」と考えられたら、儲けものです(笑)。
たとえばこれが日記だったら、こと細かに書いて感情が蘇って、ますます腹が立ったり、イライラしてしまうかもしれません。短歌は限られた文字数なので、自分の気持ちの核の部分を見つめ、それ以外を切り捨てていく作業といえます。
短歌を作ること、あるいは誰かの短歌と出合うことで、乗り越えられる壁がきっとあるはずです。
泣かない温度ってあるんですか?
エアコンをつけても消しても泣く君よ何度が正解?誰か教えて
――鷲見玲奈 作
夏の夜は特に、エアコンの設定温度を何度にするべきか悩みます。高めに設定すると暑くて泣くし、温度を下げると寒くて泣く。泣かない温度ってあるんですか?
上の句の「エアコンをつけても消しても泣く君よ」で情景をきちんと説明したあとに、下の句の「何度が正解? 誰か教えて」で心情を表現しています。「泣きたくなるのはこっちだよ!」という母の戸惑い、懇願が感じられます。
この歌も黄金の形にうまくはまっていて、読みやすいですし、整っている印象を受けました。
そもそも正解がわからないのが子育てですし、「何が正解? 誰か教えて」という気持ちは、子育てのいろんな場面で抱くと思います。しかし、多くの人にとって身に覚えのある感情でも、抽象的な説明だったら伝わりにくいもの。こんなふうに「エアコンの設定温度を上げても下げても結局泣く」という情景を具体的に表現すれば、実感のこもった心の叫びとして伝わります。
この短歌が番組で紹介されたあと、視聴者から育児の正解や、エアコンの温度にまつわる短歌が多く集まりました。たくさんの人に、鷲見さんの心の叫びが届いた証拠ですよね。
眠り泣き飲み吐く吾子とマンションの五階に漂流するごとき日々
――『プーさんの鼻』俵万智
身近に頼ったり尋ねたりする人がいないまま育児をする日々。その不安な気持ちを詠んだ歌です。前半が情景で、後半が心情になっています。大きな海を、子どもと二人で漂流しているような気持ちでした。「吾子」はわが子を表す言葉です。
