バラエティの「たてつけ」を越えてきた剥き出しの本音

 一方で、すべての大人たちが鮮やかに未来を掴めるわけではありません。そこにあるのは、大人の恋の容赦ない不条理と、番組が用意した「悪ノリのギミック」の限界です。

 それが透けて見えるのが、序盤に再投入されたシーズン1のレジェンド「アンチョビ」、そして今回の「パクチー」の存在です。

 クセのある名前が与えられていること自体、彼らが最初から「場をかき乱すバラエティ要員」として配置されていたことを物語っています。

 パクチーも当初は80年代の恋愛マニュアルを大真面目に演じ、その“たてつけ”に乗っかっているように見えました。しかし、意中の相手であるえのかのが持病のことや仕事を優先してリタイアを決断した瞬間、その予定調和の構図は一気に崩壊します。

 告白のステージすら用意されないまま別れを告げられたパクチーは、「これは本音だから」とカメラの前で悔しさとやるせなさを正直に、抑えられない感情をそのままにブチまけました。

 こと恋愛って、自分をスマートに演じがちだし、相手を思う嘘やカッコつけを選んでしまいがちです。だけど制作側が仕掛けた予定調和のギミックなど、大人が背負う人生の質量や切実な情熱の前には何の意味もないんです。

 スマートに立ち回る恋愛ドラマよりも、不器用でも剥き出しの体温が伝わってくるドキュメントのほうが圧倒的に心に残るのは、やっぱりそこに「嘘のない人間」の姿があるからに他なりません。

 パクチーの涙は、「視聴者は茶化し目的の悪ノリを見に来たのではなく、人間が本気でぶつかる真剣勝負を見に来ているのだ」と、バラエティの皮を被った番組のメッキを鮮やかに剥ぎ取ってみせました。

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