35歳から60代の男女が“人生最後の恋”を探す、Netflixの恋愛ドキュメントバラエティ「あいの里」。“ラブ・ヴィレッジ”での共同生活を通じて、大人たちが等身大で恋や友情、そしてこれからの人生と向き合う姿が、多くの視聴者の心を掴んできた。

 10月6日から配信がスタートした待望の「シーズン3」も、いよいよ後半戦に突入。前半のハイライトを振り返りながら、“恋愛リア”の枠を超えた本作の魅力を深掘り!

※本記事には、第1話~第12話のネタバレが含まれます。


35歳以上の男女が共同生活。“人生最後の恋”を探す

 Netflixの「あいの里」のコンセプトを冷静に眺めたとき、どうしても最初に思っちゃうんですよね。「いやいや、マッチングの場として35歳から60歳代って、さすがに幅が広すぎやしないか?」と。

 30代半ばといえばキャリアの再構築や出産のリミットに焦る世代だし、50代・60代ともなれば定年、老後、親の介護、自身の健康問題がリアルにのしかかってくる世代です。

 四半世紀もの開きがある男女をひとつの空間に放り込んだところで、純粋な恋愛対象として最初から「はじかれてしまう」リスクなんて目に見えている。参加している大人たちだって、その分母の狭さやミスマッチの予感くらい、とうに気づいているはずです。

 では、恋愛成就のコスパがこれほど絶望的に悪い場所へ、なぜ参加者はわざわざやってくるのか。

 そこは単なる恋人探しの場だけでなく、社会的役割や肩書きをすべて剥ぎ取られた大人たちが、これまでの人生を丸ごと賭けて互いの履歴書をぶつけ合う、めちゃくちゃリアルな人間交差点だったのです!

古民家DIYと「食費制限」が暴く、老後のリアル

 そもそも、この番組の舞台装置は他のキラキラした恋リアとは思想がまったく違います。高級リゾートでカクテルグラスを傾けていたって、35歳を過ぎた大人は社会的肩書きの鎧を脱ぎ捨てられない。

 スマホを没収され、虫が出る古民家で泥まみれになって壁を塗り、草をむしる。思い通りにならない身体を動かし、汗を流してひとつの場所を作り上げる作業は、実社会で凝り固まった自分自身のブランドやプライドを強制的に解体します。

 裸の人間力を資本として立ち回らざるを得ない環境に身を置くことで、大人たちにとって素の自分へ戻ることができる。もしかしたらそれ自体が一種のセラピーのような体験かもしれません。

 さらにシーズン3では名物である「食費制限」や住環境の絶妙な変化が起きました。過去シーズンのような極端な飢えとストレスで人間関係がギスギスする悪趣味さが少し和らぎ、今回は制限がわずかに緩和された。

 この絶妙なチューニングによって、焦点は極限状態のサバイバルから、「限られた予算と食材をどうやりくりし、誰の健康を気遣ってどんな食卓を囲むか」という、あまりにも現実的な「生活と家計のシミュレーション」へとシフトしました。

 非日常のバカンスを見せる気なんて最初からなくて、徹底して「老後の日常の地続き」を生きさせる。残り時間が有限であることをどこかで意識せざるを得ない大人たちに、この舞台装置は自分の身体と生活の現実を容赦なく突きつけてきます。

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