パール・バック自身に選ばれて

近田 お母さんは?

ジュディ 母はモダンガールでしたから、「やらしてあげなさいよ」と言って、娘の意志を尊重してくれたんですよ。その代わり、しっかり学業に勤しむこと、家の手伝いは怠らないこと、そして、いずれ銀行に勤めることを約束させられました。

近田 じゃあ、どこかの金融機関で働いた時期があったんですか?

ジュディ 学業と家事手伝いに関しては約束を守りましたけど、結局、銀行に勤めることはありませんでした。

近田 銀行のカウンターで、こんな人が待ち受けていたら驚きますよ(笑)。

ジュディ うちの家系は、父方も母方も、女の子は銀行に就職するんですよ。それが、家政をコントロールするための修業だったみたい。

近田 普通の花嫁修業とは感覚が違いますね(笑)。

ジュディ 実際、いわゆる仕出し、エキストラで現場に行ったら、いろんな方に会うことができて、毎日、感激の連続でしたよ。

近田 もともとは、特にどなたのファンだったんですか。

ジュディ 石原裕次郎さん。ただ、石原さんにはなかなか会えませんでした。14歳の時、ようやく日活の撮影所で初めてお目にかかった時は、「よお」って声をかけてもらいました。

近田 仕出しではなく、本格的な役がついたのは、いつからだったんでしょう。

ジュディ パール・バック原作の日米合作映画『大津波』でした。オーディションでは、パール・バックさんご自身が5人の候補から私を選んでくれたんです。

近田 パール・バックといったら、ノーベル文学賞を受賞した大作家じゃないですか。そのお眼鏡に適ったなんて、すごいですね。

ジュディ その映画のレセプションパーティーでは、パール・バックさんが、大親友だった李香蘭(り・こうらん)さん、すなわち山口淑子さんと流暢な北京語でおしゃべりしてました。10歳の私は、何でブロンドの女性と着物の女性が中国語で話してるのかよく分からなくて、ただポカーンとしてその様子を眺めていたことを覚えています。

近田 あまりにもレジェンダリーな光景だから、話を聞いていると、NHKスペシャル「映像の世紀」でも観ているような錯覚を覚えてきましたよ(笑)。

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ジュディ・オング

1950年、台北生まれ。3歳で来日し、11歳の時に日米合作映画『大津波』で俳優としてのデビューを果たし、さまざまな映画、ドラマ、舞台に出演する。その一方、16歳で「星と恋したい」をリリースし、歌手としても活動を開始。1979年に発表した「魅せられて」は、200万枚の大ヒットとなり、日本レコード大賞を受賞する。25歳から木版画家としても活躍し、日展特選など高い評価を受ける。2025年末には、47年ぶりに出演した台湾映画『陽光女子合唱團』が公開され、台湾映画歴代興収1位を記録した。2026年10月15日(木)には、歌手生活60周年を記念し、東京国際フォーラムAでコンサート「Diva60 The Legend of Judy Ongg」を開催する。

近田春夫(ちかだ・はるお)

1951年東京都世田谷区出身。慶應義塾大学文学部中退。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、ロック、ヒップホップ、トランスなど、最先端のジャンルで創作を続ける。文筆家としては、「週刊文春」誌上でJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたって連載した。著書に、『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。最新刊は、半世紀を超えるキャリアを総覧する『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)。2026年8月には、近田春夫&ハルヲフォン with イリア(ジューシィ・フルーツ)として新曲『Oi Oi AI-未体験ゾーンへ』をリリース。
X @ChikadaHaruo

Diva60 The Legend of Judy Ongg

歌手・俳優・木版画家として国内外で活躍を続けるジュディ・オング(翁倩玉)。現在、出演映画『陽光女子合唱團』が台湾映画興行成績史上No.1作品として改めて注目を集める中、歌手生活60周年を記念した特別公演を開催。

開催日時 2026年10月15日(木)
開催場所 東京国際フォーラム ホールA
出演 ジュディ・オング
ゲスト 小林幸子、中村雅俊
チケット料金 SS席18,000円※スペシャルグッズ付き、S席12,000円、A席10,000円
https://judyongg.com/

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