吉開菜央『まさゆめ』が教えてくれる、自分の身体を見つめる視点

 最後に、食べる行為と人の身体との関係性について注目した、もう一本の映画を紹介したい。映像作家であり、ダンサーや振付家としても活躍してきた吉開菜央は、これまでも人の身体に着目した映像作品を多数手掛けてきた。新作『まさゆめ』でカメラを向けるのは作家である吉開自身の身体であり、映されるのは、心と体をめぐる彼女の葛藤の記録だ。

 ある時期、さまざまな要因から心と体のバランスを崩してしまった吉開は、ふと思いついたかのように禅寺での修行体験に参加する。そうして、他の修行者と共同生活をしながら、坐禅を組み、掃除をし、食事をつくって食べる、という日課をこなしていくのだが、なかでも大きな関心をもって映されるのが、食事をめぐる体験だ。

 寺での食事は、配膳の仕方から食べる順番や姿勢まで、その作法が厳格に決められている。数日間の体験修行にやってくる人たちの多くはまだ身振りがぎこちないが、なかには手慣れたふうの人もいる。最初は正座に慣れず立ちあがることすらできなかった人が、徐々にスムーズに立ったり座ったりできるようになるのと同じで、一見堅苦しく思える食事の作法も、続けているうちに身体が慣れ、自然とその身振りが馴染んでいくのだろう。

 寺での数日間を終えたあと、吉開は自宅でも毎日必ず米を炊き、味噌汁を作るようになる。その繰り返しと積み重ねが、彼女の身体を少しずつ変えていく。身体の変化とは、腸の調子が良くなり毎日便通がくるようになった、というように、とても単純なものだ。同時に、自分がつくった朝食を毎日記録するという新たなルーティンができたことで、彼女の撮る映像のリズム自体が変わってくる。

 ここに映されるのは、「食」という体験を通じて、自分の身体とは何によって動かされているか、という単純な問いと出会うひとりの女性の物語だ。ある意味で、彼女は他者の視点によって自分の身体を見つめるようになったともいえる。自分の体が食べ物をどう受け付け、それをどう消化し、排泄するのか。その過程を観察するうち、彼女は自分の身体を、ひとつの容れ物のように捉え直す。そうしていつしか混乱していた自分の心との距離も測れるようになる。

 自分の身体を見つめる新たな視点。それが禅寺での厳格な食事作法を通じて得られたというのが、私には何よりおもしろかった。

特集上映「Fire in Water永田康祐映像作品集」

8月22日(土)よりポレポレ東中野ほか 全国順次公開
https://aggie-films.jp/fiw/

吉開菜央『まさゆめ』

8月28日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか 全国順次公開
https://brighthorse-film.com/films/465/