完全自由主義を志向する人間が、ひとつの巨大な情報空間を取りしきる

 全8作のうち、最初に「ローパス・フィルター」を書いたのは2018年のこと。SNSによって社会が分断されることの「悪」を描いた。

「当時は情報環境も、わたしの認識も、いまよりは素朴だったと思います。テクノロジーと完全自由主義が結託していると感じるようになったのは、もう少しあとのことで、誰の目にもわかるターニングポイントはイーロン・マスクによるツイッター社買収でしょうか。完全自由主義を志向する人間が、ひとつの巨大な情報空間を取りしきるようになったわけですから」

『暗号の子』宮内 悠介(文藝春秋)
『暗号の子』宮内 悠介(文藝春秋)

 2024年に宮内さんが書いたのは表題作の「暗号の子」と「ペイル・ブルー・ドット」で、この本の最初と最後に収録されている。これら全8作を読むうちに、わからないものだったテクノロジーが“自分の手に取りもどされていく”ような感覚をおぼえるのだ。

 人間とテクノロジーとの関係性において「信頼」を知ることは、人間同士の優しさにつながるのだろう。

「暗号の子」の梨沙は、2025年を生きている。彼女の父親は梨沙に「暗号の夢を追いかけてほしい」と話した。「やりたいようにやれ」と……。

 梨沙の強さの根源には、優しさがある。優しさこそ、強さなのか。

「テクノロジーが遠ざかっていく速度は、追いつこうとする速度に対して上がっていくはずで、もしかしたら“自分の手に取りもどされていく”ような感覚を抱けるのは、わたしたちが最後の世代かもしれません」

宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)

1979年東京都生まれ。2017年『カブールの園』で三島由紀夫賞、24年『ラウリ・クースクを探して』で高校生直木賞を受賞する。

暗号の子

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2025.02.05(水)