久々に書いてみたら、伊良部とか看護師のマユミちゃんとか、昔の友人に会ったみたいでしたね。書くのが難しいとか苦労はなく、すぐ当時の感覚に戻れて、書いていて楽しかったです」

 新作では、コロナも影を落としている。表題作「コメンテーター」では伊良部とマユミがテレビのワイドショーにコメンテーターとして出演し、コロナに関して放送事故寸前の発言を連発する。「パレード」では地方出身の大学生がリモート生活を強いられた結果、気づけば社交不安障害になっていた。

「現代人というか、いま生きている現役の人たちが体験したいちばん大きな出来事がコロナでしょう。戦争を体験した人たちはもちろん戦争がいちばんだろうけれど、大半の人の物心がついたのが戦後となったいま、世界的な大災害、大事件はコロナが初めてだと思います。死者が大勢出て、ロックダウンしたり、人の行き来ができなくなったり……。そんな中で、小説家として何か記録を残しておくべきだろうなという思いはありました。そして何より、伊良部はコロナに対してどう言うだろう、という茶目っ気のようなものもありましたね。

 ただ、コロナもあくまでも借景として描いているだけです。コロナ自体をどうこうできるわけではないですし、コロナ禍で人はどうするのかというほうに興味があります。そういう意味では、コロナ前の時と小説を書く点においては同じスタンスですね。

 そもそも僕は、テーマを書かない作家です。テーマを書かずにディテールを描け、と言ったロシアの戯曲家がいるそうですが、まったくその通りだと思う。テーマを書くと説教臭くなるんです。ディテールを描いてテーマを浮き彫りにする、というのが僕のやり方で、コロナなどの物事はあくまでも借景、背景です」

 
 

〈伊良部シリーズ〉では、伊良部も患者たちも登場人物が自由自在に動き、物語はまったく予測のつかない展開を見せる。患者たちの悩みは切実で読者は我が事のように感じ、伊良部の物言いは痛快だ。

2023.05.29(月)