この記事の連載

優秀な姉とは同じ土俵に上がらなかった

 田中は二杯目の紅茶を注文し、ゆっくり、姉について語り始めた。

「子どものころ、私と弟が大喧嘩している横で、姉は本を読んでいました。母が帰ってくると、もう家がめちゃくちゃなわけです。そんな状況にもかかわらず、姉はずっと本を読んでる。姉は東大に行ったんですが、東大に入る子はうるさい居間で勉強するという話があるじゃないですか。本当にそうなの。集中力が尋常じゃないんです。そういう姉だから、喧嘩になることもあまりなくて。たとえば親がケーキを買ってくるでしょう? 選ぶのは私が先でした。姉は『なんでもいいよ~』って。ずーっと本を読んでいました」

 物心ついたころから、田中の隣には、ただただ「自分のために生きる人」がいたというわけだ。

「私は普通の人間だから。お姉ちゃんは特別な人なんだと、幼いころから思っていました。本当に、張り合うことはなかったんです」

 仕事上、わかりやすいキャラクター付けを甘受することはあっても、見知らぬ人に田中みな実を簡素化して飲み込ませるために、家族を巻き込むことは拒絶する。田中の線引きは非常に明快だ。

「そう言えば昔、母が車のキーを探していたことがあって。ソファの隙間に落ちているのが、私からは見えていました。でも、もう少し探してから、私が見つけたほうが褒められるんじゃないかと思って言わなかったんです。誰にも話したことがないけど、自分ではすごく歪んでいると思いました」

 他者からありがたがられるために、手柄を大きく見せる演出を企てる。誰でも一度はやったことがあるだろう。特に歪んでいるとは思わないが、田中は譲らなかった。

「同じ土俵に上がらないよう、姉がやらないものに敢えて挑戦していました。中学・高校で6年続けた器械体操は、人生において一番頑張ったこと。姉はオーケストラやミュージカルをやっていました。私がバク転や宙返りができるようになると、姉や家族が『すご~い』と評価してくれる。だから、もっと頑張ろうって」

 田中の不安は、自分の存在意義を確かめたい欲望と背中合わせだ。彼女は幼少期から、自分の価値を他者に問い続けている。

 しかし、自分の特性由来を姉だけに背負わせるのは不本意なのだろう。両親から公平に扱われたこと、姉と仲が良いことと、姉のような特殊技能がない自分の存在意義を問い続けることは、すべて同時に成立しうる。

「ただ、周りは比べたがりましたね。小学生のころは、海外で姉と一緒にヴァイオリンやピアノや英語のレッスンを受けていたんです。お姉ちゃんはめきめき上達していって。海外の先生って、日本と違って才能がある者を伸ばそうとするんです。だから姉に注力して、私のレッスンの時間は短かった。となると、楽しくない。あ~私向いてないんだねコレ、って。きっとなにか違うことが私にはあるはずと思っていました」

 基礎的な自尊感情を家族に育んでもらえたことは、非常に幸運だ。常に誰かのために動く母と、自分のために生きる優秀な姉。他者に評価される自己像を愛する田中みな実は、母と姉のハイブリッドなのかもしれない。

 ガッツと運は親に授けてもらったと田中は言う。女優への転身には、確かにガッツが必要だ。

2023.04.13(木)
文=ジェーン・スー
イラスト=那須慶子