女性皇族として初めて、海外で博士号を取得された彬子女王殿下。そのオックスフォード大学での日々を綴られ、累計43万部を突破した『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)が、マンガ化されました。手がけたのは、女性たちの人生や思いを繊細に描いてきたマンガ家・池辺葵さんです。
3月25日に発売された『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』(新潮社)の刊行を記念して、ジュンク堂書店池袋本店でトークショーが行われました。もともと彬子女王殿下の留学記エッセイのファンだったという文芸評論家の三宅香帆さんが進行を務め、彬子女王殿下が留学時代のことや原作となった自著の創作秘話、マンガ化への感想など、多岐にわたってお話しになりました。
今回は、トークショーの様子を特別にご紹介します。
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マンガ化でより伝わった、“留学当初の孤独”
三宅香帆さん(以下、三宅さん) 本日は、彬子さまとお呼びしてもよいでしょうか。私はもともと、原作になった彬子さまのエッセイが大好きで、マンガも拝読したら、「こんなステキなエッセイがこんな風にマンガになるんだ!」と感激しました。
読者としては、もう二重の喜びが詰まった第1巻でした。彬子さまご自身は、読まれてみていかがでしたか。マンガには彬子さまの書き下ろしエッセイが「あとがき」として収録されていて、そこでマンガもよく読まれるのだと知りました。
彬子女王殿下(以下、彬子さま) マンガは子供の頃から好きだったかと問われると、そうではない気がするのですが、それでもずっと大好きで読んできた“マンガ”というものの主人公に自分がなるのは、震えるような経験でしたね。
三宅さん 実際、マンガになってみて、エッセイとの違いなどは何か感じられたりしましたか。
彬子さま そうですね。留学記にも写真は何枚か載せてはあるんですけれども、何より、登場人物たちがビジュアル化したので、より想像しやすく、理解していただきやすくなったかなという気はします。
三宅さん オックスフォードの街並みであったり、あるいは図書館の描写などは、マンガで具現化されることによって、より伝わる面もあるのかなと思いました。マンガを担当されたのが池辺葵さんです。彬子さまが新潮社の編集担当者さんともお話されて決まったようですが、池辺さんのマンガは読まれていたんですか。
彬子さま 正直に申し上げると、お名前は知ってはいたんですが、実際に作品を読んだことはなくて。決まってからいろいろ読ませていただいて、登場人物の心情をすごく豊かに表現される方だな、この方にお任せしたら間違いないだろうなと思いました。いまはもう好きに書いていただいています。
たとえば、留学して最初の頃のオリエンテーリングで言葉がわからなすぎて孤立して、一歩ずつ踏みしめるように部屋にひとり戻ったときの気持ち。EU圏内での2週間以上の滞在には側衛(皇族の警護をする担当官)が付かなくなるのですが、小さい頃からずっとそばにいた彼らが、街で振り返っていなかったときに覚えたちょっとした感情。文章の中だと、つらかった、寂しかったと短く触れているだけのところを、状況や表情も含めて細やかに表現してくださったのがすばらしかったです。
三宅さん 1巻には印象的なコマがたくさんありますが、そこは私もとても好きな場面でした。いるのが当たり前だった人がそこにいない。そこで「はっ」とする、ぽっかりと現れた孤独みたいなもの……マンガの中では空白が多く描かれているのですが、そういうことはもしかしたら誰もが経験しているかもしれないと感じました。
彬子さま 日本美術には、そのような「行間を読む」感じ、余白の美というのがありますよね。やはり西洋の絵画には、空間恐怖症なのかと思うくらいべったり描き込まないと成立しないようなところがありますけれども、日本絵画には大画面に描きたい対象だけを大胆に配置する作品があります。空白や余白を大切にする、そういう美意識につながるものを感じます。
三宅さん 私も大学で万葉集を研究していたので、日本美術の「あえて描かない」というのが面白いなと思うポイントです。最初は中国から漢詩、つまり長歌として輸入されてきたのに、日本風にアレンジしていくうちにどんどん切り詰められ、短歌や俳句に行き着く。余白、余韻で何かを想像させるわけですね。
彬子さま そうですね。すべてを説明しないことで、鑑賞する側に想像してもらう。円山応挙の藤花図屏風であるとか、俵屋宗達の風神雷神図屏風であるとか、あんなふうな藤はないけれども、風神雷神の戯画化された筋肉を見てもあんなふうに人間の体は動かないとわかるけれども、にもかかわらず、よりリアルに感じますよね。それを西洋の画家たちが真似し出したり。
三宅さん 日本はそれをまた逆輸入する。そう考えると、マンガも日本の伝統と最先端、その両面を受け継いでいる感覚があります。
彬子さま 大英博物館はマンガも収集していますし、展示したりもします。そのときも、人気のあるポップカルチャーのように紹介するのではなくて、文化史の流れにどんなふうに位置づけられるかを踏まえていますね。
文=三浦天紗子 写真=平松市聖
