【KEY WORD:TPP交渉】

 TPPの交渉が大詰めを迎えています。先日もオバマ大統領が日本に来ましたが、せっかくの寿司の名店「すきやばし次郎」での接待もほどほどに、安倍首相にTPPの交渉をガンガン始めていたそうですね。

 TPPの正式名称は「環太平洋パートナーシップ協定」です。正式名称を知っても意味はあいかわらずわかりにくいのですが、要するに協定を結んでいる国どうしでは、おたがいの貿易を自由にできるようにしましょう、ということです。どこの国でも、国内産業を保護したり、国内のさまざまな文化や経済、福祉を守るため、他の国との間に「壁」をつくっています。その「壁」は輸入に税金をかける関税だったり、規制だったりするわけです。TPPはこうした関税や規制をすべて撤廃して、国と国のあいだで自由にモノやカネ、さらにはヒトが移動できるようにしようということを目指しています。

 これは自由な貿易こそが経済の成長の原動力になるのだ、という考え方に基づいているのです。実際、日本政府はTPPに参加することでGDPがこれから増加するのだ、という試算を公表しています。そして同時に、経済のグローバル化が避けられないのであれば、これに積極的に対応していこうというのがTPPの考え方と言えるでしょう。

 しかしいっぽうで、いきなり貿易を自由化してしまうと、たいへんな影響も出てきてしまいます。たとえば日本の農業はさまざまな規制や保護政策で守られ、海外から安価な農産物が入ってくることを食い止めることで、ここまでなんとか生き延びてきました。しかし農産物輸入の制限がなくなると、零細農家は一気につぶれてしまう危険があります。これを機会に農業を大規模にして株式会社にしていけば再び成長できるようになる可能性もありますが、一時的にはたいへんな状況になってしまうのはまちがいありません。

 だから政府の中でも、省庁によってTPPへの考え方はだいぶ異なっているようです。自動車メーカーのような輸出ビジネスを押している経産省は、TPP参加すれば自動車の輸出を増やせることになるので、とても積極的。でも農水省は、農業がダメージを受ける可能性があるので消極的。

賛成 or 反対、意見は真っ二つ

 省庁のあいだの綱引きだけではありません。自民党も民主党も基本的にはTPPを推進していますが、特に自民党の場合は地方の農家などを支持母体にしている政治家がけっこう多いので、TPPに反対の声が少なくありません。自民党と民主党の政策の違いは今やだれにもよくわからない状況になってしまっているので、いっそ全部をガラガラポンにして「TPP賛成党」と「TPP反対党」に分け直した方がいいんじゃ? とさえ思います。

 大学の先生や評論家のあいだでも、TPPへの意見は真っ二つに分かれていて、たいへんな侃々がくがく状態。「TPPに参加しないとグローバル市場に乗り遅れる」「日本をオープンにしていくためには必要だ」といった意見があるいっぽうで、「アメリカに支配される」「海外から安い労働力が入ってきて日本人の収入が減る」「医療体制が崩壊する」といった声も。日本はそもそも、いまや輸出中心ではなく内需で経済が成り立っている国なので、輸出しやすくなってもメリットは小さいという意見もあります。

 果たしてこの議論をどう見るべきなのか。

 経済のグローバル化がもはや後戻りはしないのであれば、ここには二つの選択肢があると思います。ひとつは、それを積極的に引き受けることによって、その先の可能性に賭けるということ。もうひとつは、グローバル化への防壁を高めて、痛みをともなわないように撤退戦を戦っていくこと。

 前者は大きな果実になる可能性はあるけれども、短期的にはたいへんな痛みを伴うかもしれません。後者はとりあえずいますぐの痛みはないけれども、いずれは敗北して落伍してしまう可能性が高いでしょう。どちらにしても重大な選択であり、現在も未来もまったく痛みのない選択肢というのはあり得ないのだということを知るべきです。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.05.09(金)
文=佐々木俊尚