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小泉今日子は従来の生き方に収まりたくない女性たちの憧れ

──従来のお人形的なアイドルとは違う、自己主張するアイドルという道を切り開いた小泉さんは、ニューアカと呼ばれる当時の男性文化人から、自分たちの理解を超えた特別な存在として語られる一方で、雑誌『anan』のエッセイ連載を通して、自らの言葉で語り始めます。

 当時は今みたいにアイドルや芸能人が自分の言葉でファンに向かって話すことはほとんどなくて、特に女性は男性によって一方的に語られるだけの存在だった。だからこそ、小泉さんが『anan』という当時最も影響力のあるメディアで同性に向けて言葉を発信するということは、かなり画期的なことだったと思います。

 しかも、インタビューのようにきれいに整えられた文章ではなく、つぶやくような生の言葉で。添えられた写真もポラロイドで撮った自分の顔や部屋の写真。そんな今のSNSのようなリアルさが、彼女が女性の共感を得るための大きな役割を果たしたように思います。

──小泉さんは2010年に創刊された雑誌『GLOW』の表紙をなんども飾っていますが、そこに添えられたキャッチコピーの「40代女子」や「大人女子」という言葉も、当時多くの女性の共感を集めました。

 『GLOW』は宝島社が40代の女性をターゲットに創刊した雑誌ですが、「大人の女性」ではなく「40代女子」、「大人女子」という言葉に、自立した大人の女になりたいが、妻や母というステレオタイプな女性の生き方には収まりたくないという女性のメンタリティが集約されていますよね。宝島社は、それ以前に2003年に『InRed』を創刊し、「30代女子」を積極的に打ち出していきました。

 30〜40代の女性をターゲットにしたファッション誌としては、当時すでに光文社から『VERY』や『STORY』が創刊されていました。ただそれらは基本的に結婚している女性に向けた雑誌で、コンセプトも大意として「綺麗なお母さんでいよう」といった従来の良妻賢母的な価値観をはみ出すものではなかった。けれども、時代的にいよいよ仕事をしながら40代を迎えた未婚女性が増えて、たとえ結婚して子供が生まれたとしても、妻や母という役割だけに甘んじず、自分の人生を生きたいと考える女性が増えてきた。そんな新しい雑誌の顔として、常識に縛られず、自分らしさを貫いてきた当時40代半ばの小泉さんは、まさにうってつけの人物だったというわけです。

米澤 泉(よねざわ・いずみ)

甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。社会で「取るに足りない」と思われることから社会の本質を掬いとることを研究の目的とする。

小泉今日子と岡崎京子

定価 1760円(税込)
幻冬舎
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次の話を読む岡崎京子が描いた少女たちの 願いと抵抗は『虎に翼』の 「はて?」に繋がっていく

2024.08.27(火)
文=井口啓子