とことんハーモニーにこだわる私の演奏の根底には、“野島イズム”とも言うべき、先生の教えがあるのです。

(2)とにかく練習。一日中ピアノに向かうことも

 作曲家が楽譜に込めた音を表現するにあたり、練習が何より大事なのは言うまでもありません。

 22年春から私は、ドイツ・ベルリンに活動の拠点を移しました。コンサートの無い日は、ベルリンのアパートメントで、起きたら13時までピアノに向かいます。13時から15時、そして20時以降は大きい音を出してはならないのが、ドイツのマナー。その間は一旦、手を止めます。15時を回ったら練習を始め、夕飯を作って食べ終わったら、今度はサイレントモードで弾く。そして疲れ果てたらベッドに向かうのが、日々のルーティンです。

 

 余裕のある時は買い物に行ったり、料理をしたり、ゆっくり本を読んだりもします。

 とはいえ、ベルリンにいられる時間は限られています。ほとんどは、行く先々の場所で練習をしなくてはならない。時には、代役のために急なオファーが届いて、練習時間が数日しかないことも。

 昨年秋の出来事です。指を怪我したピアニストの、代役オファーが旅先で舞い込んだのです。すぐに練習をするため、その地で楽譜を手に入れ、ベルリンへ帰るフライトを急遽変更して、リハーサルに駆けつけたこともありました。

 コンサート直前の練習の重要さは、ピアニスト特有の問題でもあります。例えばバイオリン奏者は、自分の楽器を持ち運べます。しかしピアニストは、ホールに備え付けの、その日初めて触れる楽器を使う。稀代の名品のこともあれば、傾いたぼろぼろのピアノに呆然としたこともあります。それらを毎回、リハーサルの1、2時間で、感覚を掴まなければならないのです。

 会場ごとに異なるピアノの特徴やホールの響きを計算するのは、とても難しいことです。ただ一方で、違いを意識して演奏していると、思わぬ恵みに出逢えることもあります。毎回一期一会の演奏をお届けできるのが、ピアニストの魅力とも言えましょう。

2024.02.08(木)
出典元=文藝春秋「2024年1月号」