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「ぼんやりタイム」で考えない時間を持つ

 ここまでエッセイストとして考える方法と、さまざまな情報とつきあう方法について書いてきました。ご紹介した「考えるコツ」を試しながら、考えるための生活のスタイルを整えていきましょう。

 ただし、この章の最後にお伝えしたいのが、「考える」ことは大切だけれど、考えすぎもよくないということです。先にも言ったとおり、日がな一日、いろいろなことを考えつづける必要はありません。

 僕の感覚では、「考えること」と「考えないこと」は同じくらいの割合でバランスを取ることが必要です。

 心の動きに敏感になるためにも、アイデアを出すためにも、エッセイを書くためにも、「考えない時間」が欠かせないのです。

 では、どうすれば「考えない時間」を持つことができるのか。

 アンプラグド(unplugged)、つまり、なににもつながらない時間を持つことです。

 いま、考えられないことの原因に「常につながっている(プラグド)状態」があたりまえになっていることが挙げられます。人とも、情報とも、常につながっていられるいまだからこそ、なるべく「アンプラグドな時間」を意識して取るのです。

 僕は、究極のアンプラグドな時間として「ぼんやりタイム」を取っています。

 「ぼんやりタイム」は1日30分から1時間、ソファに座って頭と心を休ませる、とても静かな時間です。スマホやテレビなど外の世界とつながる糸を切り、自分のスイッチも切る。頭と心になにか浮かんできても、考えない。

 いわば「思考のファスティング」です。なにも摂取しない。いろいろなものをキャッチしてしまうアンテナを閉じて、ゆったりと過ごす。

 すると、考えすぎていた頭も使いすぎていた心もすっかりリフレッシュして回復するのです。これは僕なりの、マインドフルネスの時間でもあります。

 トライしてみるとわかるのですが、「なにも考えない」のは意外とむずかしいことです。どうしても言葉や情景が浮かんできてしまいますし、それを1時間つづけるのは至難の業。僕も、自分のアイデアではじめてみたものの、はじめはなかなかうまくいきませんでした。

 試してみた友人たちもみな同じで、「そういえばあの件はどうなってるんだっけ」などと次々に考えが浮かんでしまい、ついスマホに手が伸びてしまうと言っていました。「昔はもう少し『ぼんやり』できていたのに……」とがっかりしながら。

2023.11.02(木)
文=松浦弥太郎